一人の死者と幾千の魂 58話:中央都市カプティル

一人の死者と幾千の魂

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「すごぉい! ひといっぱい!」

 リルちゃんは初めての創園祭の光景に好奇の声を上げる。そんなリルちゃんの隣をボクとマリーさんが歩いている。声を上げるリルちゃんと同じようにボクも心の内で驚きの声を上げていた。

 ここはガーリィさんの薬屋がある街テクセントの隣にある街、通称中央都市カプティルだ。中央都市から見て隣にあるのがテクセントというのが一般的な見方らしいが、ボクはテクセントのことしか知らない。なので感覚的にはカプティルは隣町という方がボクの中ではしっくり来る。

 リルちゃんとマリーさんはお互いがはぐれないようにしっかりと手を繋いでいる。そしてその隣を歩いているのがボクというのは違和感がある。本来ならヨープスさんがここを歩いているはずなのだ。しかし実際歩いているのはボクだ。

 ヨープスさんは中央都市に来てから、スープ屋を開業して無事に順調に行っているらしい。創園祭という大きな行事は商業の視点からすれば人々がお金を使う稼ぎ時ということになる。例にも漏れず、ヨープスさんも創園祭でしっかりと稼がなければならない。

 そういう訳で、ヨープスさんはスープ屋の経営を泣く泣く優先しなければならないため、リルちゃんと一緒に回ることができないのだ。二人はとても悲しそうだったが、創園祭の後に家族で遊ぶ約束をすることでひとまず話は落ち着いた。

「あれなぁに?」

 リルちゃんは創園祭に出店している屋台に向かって、手を繋いでいない方の手で指を指した。指の先には見慣れない小さな水槽があった。その水の上には小さな玉がいくつも浮いていて、プカプカとゆっくり流れている。それぞれ可愛らしい水玉模様や縞模様、花柄のものがあり、リルちゃんはそれらをキラキラした目で見ていた。

 以前ボクもリルちゃんのようにシグノアさんに問いかけたのを思い出して、少しだけ恥ずかしい気持ちになる。それと同時に前回よりも余裕を持って楽しめていることに少しだけ安堵して、二人に気づかれないように小さく息を吐いた。

「風船すくいよ。あの棒で輪っかに引っ掛けて取るの」

「やりたい!」

 そんなやり取りの後、リルちゃんは風船すくいに挑戦する。リルちゃんはピンクの風船を狙って引っ掛けようとするがうまく行かない。狙っていた風船はのらりくらりと水の流れに乗って逃げてしまった。

 どうして風船が流れているのか不思議に思ってみていると、店主が御力で水の流れを作っていた。ちょっとしたことだが、それによって様々な風船が水の上を漂い、より華やかに見える。

 長き戦いの末、リルちゃんは狙っていたピンクの風船を引っ掛けることができた。座り込んで水面を睨んでいたリルちゃんだが、風船を手にした瞬間、その表情が華やいだ。

「やった!」

 リルちゃんは手にした水風船と一緒に喜びながら弾んでいる。肩から下げたポシェットが弾むリルちゃんから少し遅れながら揺れていた。

 そのポシェットはマリーさんの手作りだそうで、中からボクがプレゼントした人形が顔をのぞかせている。手作り感のある人形とポシェットの組み合わせは可愛らしく、リルちゃんに似合っていた。

 しばらく通りを歩いていると、ふと教会の鐘の音が聞こえた。それはテクセントでの創園祭と同じ役割のものだろう。つまり箱庭を創った神への知らせ、この祭りの本題が行われるということだ。

 ここは中央都市であり、街の中心にはテクセントとは比べ物にならないほど大きな教会がある。ボクは少し離れたここからですら、その存在に圧倒される。

「それじゃあ行きましょうか」

 マリーさんとリルちゃんは先程と同じように手を繋ぎながら、足を教会の方へ向けた。普段接している時はあまり意識しないが、彼らは箱庭の民であり、神に祝福された存在だ。ボクのように御力を得ることができなかった存在とは、そのあり方が違う。

 ボクからすれば、わざわざ教会のありがたいお言葉を聴くよりも街を散策していたほうが楽しいに決まっている。しかし、神に愛され祝福された人々は神に感謝することは当たり前の行為となっている。それはマリーさんにも言えることだ。

 年に一度の創園祭、そこには聖女が姿を見せるらしい。生ける伝説である聖女の姿を見ることは何にも代えがたい尊いことなのだ。だからこそマリーさんは当たり前のように教会へ向かっている。頭では理解しているが、その感覚は未だに慣れない。

 教会の前はたくさんの人で溢れかえっていた。ここから壇上を見るのは中々骨が折れそうだった。それほどまでに人が溢れ、先頭から距離がある。先頭にはマリーさんたちなどよりも信心深い人たちが詩のようななにかを喚いていた。

「ゔぇりど?」

 リルちゃんに声を掛けられるが、その声が何を意味しているのかわからない。少しして自分の手先が震えている事に気づいた。リルちゃんはマリーさんと繋いでいる側の反対の手でボクの手を握ってくれる。小さな子の手だからだろうか、それともボクの手が冷たいからだろうか、リルちゃんの手はとても暖かく感じた。

「ありがとね」

 その優しさがボクにはとても心強く感じた。改めて思えば、ここはボクが殺された場所だ。そして新たなボクが始まるきっかけの場所でもある。あの時は壇上でこの景色を眺める側だった。もしかしたら今のボクのように、クロウはあの日のボクを見ていたかもしれない。

 以前見た時と同じように教会の語り手が箱庭の成り立ちについて語る。前回も思ったがなんとも仰々しい身振り手振りである。しかしここにいる人達はそんなことを考えはしないのだろう。そこには偉大な語り手がいるだけだ。

 語り手の話が終わり、ついに聖女が姿を現した。語り手が言うように、七色の美しい髪を持ったきれいな女性だった。しかしボクはそれ以上に懐かしさがこみ上げてくる。その姿はボクに、大切なものを見つけた時のような気持ちにさせた。またも生じたボクが知る事実と感情のすれ違いに、ボクは戸惑いを隠せない。

 教会の前にたむろする人々は熱に浮かされ、聖女に少しでも近づこうと押し寄せてくる。ボクは人の波に揉まれ、リルちゃんの手を離してしまう。リルちゃんと視線が交わるも、その手を再び繋ぐことはできない。ボクはすぐにマリーさんの方へ視線を向けるが、彼女は自分の両手を胸の前で組み、必死に祈っていた。彼女の手の先にリルちゃんはいない。

 その姿はあまりに狂気的で何かに支配されているようだった。マリーさんにできる限りの大きな声で話しかけるが、彼女からの返答はない。ボクはすぐに思考を切り替えてリルちゃんのことを考える。

 迷子になる程度ならまだいい。探してあげればすぐに見つかる。ボクとリルちゃんの間にはアークの共鳴があるため、ある程度の距離になればすぐに見つけられるからだ。

 ボクが懸念しているのはリルちゃんがアークを宿しているということだ。それはつまり魔人であるということであり、処刑の対象ということに他ならない。

 ろくに動けない現状に、ボクはどうしようもなく空を仰ぐ。その時、視界の端に映る聖女がこちらの方を見ていた気がした。

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