一人の死者と幾千の魂 73話:ナーデンの話

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 シリオンの墓を目指す途中、ナーデンが語り始めた。

「あれはアンディが八歳の頃のことだった。当時の僕は教会で騎士をしていた」

 当時のナーデンは中央都市カプティルの騎士として、街の巡回や壁外の魔獣の対処などの業務をしていた。彼は特別優秀なわけではなかったが、一般の騎士としては申し分ない働きをしていた。しかし周囲の評価の視線は同期のとある男に注がれていた。

 彼の名前はベイゼル=ブレイズ。今や聖女直属騎士の騎士の彼は、当時からあり溢れる才能を見せつけていた。ブレイズ家の次男であり、幼い頃から教会に所属していた。ベイゼルは自らの才能に驕り態度が悪かった。しかし周囲の人間はそれを邪険にしなかった。彼は良くも悪くも人の目を集める人物であったのだ。

 彼は名門家出身なだけあってその才能も本物だった。そのため多少態度が悪かろうと大目に見ていたのだ。彼に対して同期の人間が口出しすることは稀だったが、ナーデンと一人の女性は別だった。

 

 ナーデンは元々ベイゼルと面識があり、特別仲が良かった訳ではなかった。しかしベイゼルの扱いに困ったらとりあえずナーデンに任せるというのが、同じ部署で働く仲間たちの中で習慣となっていた。そんなところに件の女性、ルミエールがナーデン、ベイゼルと同じ部署に所属することになった。

 彼女は誰に対しても明るく接した。それはベイゼルに対しても同様で、ベイゼルは最初のうちは不快に思っていたが次第に彼女に惹かれていった。しかしベイゼルの不器用な恋心はルミエールには伝わらず、彼女はナーデンと結婚し家庭を築くことになる。

 ナーデンと結婚するに際して、ルミエールは家庭に入り教会を辞した。またナーデンも仕事だけではなく家庭のことも大切にしたいと考え、中央からフェアスに異動することになった。

 家庭のために中央勤務の騎士という教会の花形の役職を蹴ることは滅多にないが、上司はナーデンの意向を快く汲んで送り出した。この時に二人の結婚祝いと送別会が行われたが、そこにベイゼルの姿はなかった。

 一方、ルミエールが結婚してから、ベイゼルの素行に変化があった。ベイゼルの粗悪な態度はルミエールが来てから一度は和らいだものの、ルミエールが辞めてからは以前よりも素行が悪くなったのだ。

 ベイゼルが荒んでいく傍ら、ナーデンとルミエールは第一子を授かった。二人は産まれてきた元気な男の子にアンディと名付けた。元同僚たちにベイゼルの危うい状態を聞いていたがその被害は全く無く、二人は幸せな家庭を築いていた。

 近所付き合いも良好で、アンディにペペという友だちもできた。苦難はあれども何一つ不幸なく、順風満帆な生活を送っていた。

 時が経ち、アンディは八歳になった。八歳というのは成人の半分という祝いの歳でもあった。多くの家は子供の八歳の誕生日を盛大に祝う。それはアンディのときも同じだった。

 ナーデンはその日は仕事を休む予定だったが、ちょっとした急用が入り業務をこなす必要があった。業務をこなした後、誕生日を祝うために急いで息子たちが待つ家へと帰宅しようとした。

 しかしそれは叶わなかった。ナーデンが目にしたのは炎に包まれた我が家であった。その中には自らの帰りを心待ちにしているアンディとルミエールがいるのだ。ナーデンは地の御力で自らを覆う鎧を作り、燃えさかる家の中へ飛び込んでいった。

 数分後、燃えさかる家から出てきたナーデンの腕にはアンディやルミエールではなく、一人の少女が抱えられていた。その少女は泣き叫びながら燃える家を見つめていた。

 炎の中でナーデンが見たのは既に息絶えたアンディとルミエールと思わしき亡骸であった。既に身体は黒く炭化していて、個人の特定ができる状態ではなかった。ルミエールと思わしき人型のそれはもう一人を庇うように覆いかぶさったまま息絶えている。

 そして火の海の中にもう一人の姿があった。アンディの名前を呼び続ける少女、ぺぺである。ナーデンはアンディだったものからペペを引き剥がし、倒壊しかけている家から連れ出した。

 燃える家は水の御力を持った消火隊によって鎮火された。焼け跡からは身元確認ができないほど損傷がひどい遺灰の塊が二体発見された。普通の火事ではあり得ないその死体の様子から、この騒ぎは放火事件だとみなされた。

 しかし大した捜査は行われず、捜査は打ち切られた。ナーデンは、不自然な操作の打ち切りは教会の上層からの圧力だろうと睨んでいた。もっと言えば犯人はベイゼルだろうと見当をつけていた。大方逆恨みで放火したといったところだろう。

 ベイゼルの逆恨みの結果が今回の事件なら、絶望に浸るなど癪である。それならば自分は絶望を乗り越えて日常を歩むのがベイゼルへの一番の報復になるだろうとナーデンは考えた。

 その結果、ナーデンは魔人でありながら平凡な日常を願う異質な存在となった。それは平凡などではなく異常である。魔人でありながら人と同じように歳を取り、緩やかな死を迎えようとしている。ナーデンが自らの過去を隠そうとしなかったのは、過去は弱みではなく乗り越えて今を生きているからなのだ。

「それじゃあアンディさんは――」

「ここだよ」

 ナーデンは正面に見える大きな墓石に目をやりながらそう言った。ヴェリドの言葉は上から被せられたナーデンの声にかき消される。

 それは特に代わり映えのない墓石だった。途中で見た墓石は小さく一人ひとりの名前が掘られていたが、眼の前にある墓石には様々な人の名前が掘られている。

 箱庭の防壁の日陰となっているこの墓地は湿度が高く、その墓はところどころ苔むしていた。シリオンの名前に被っている苔を払い落とそうとヴェリドは墓石に手を触れた。

――お前は、誰だ?

 声が聞こえた。

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