灰と魂が舞う墓地に、箱庭外の魔獣が殺到する。普通なら見えないはずの魂の演舞は、ヴェリドの蒼が灯る眼窩には見えていた。
彼らは箱庭の外という過酷な環境に適応した、生ける者を喰らう亡者である。魔獣とは千年前の生物が瘴気に適応し、種として確立されたものだ。比べ物にならないほどの瘴気に晒され続けている彼らは、箱庭の内側の魔獣とは一線を画す瘴気を宿していた。
しかしそんな外側の魔獣も、今のナーデンに掛かれば対処できないものではない。蠢く灰が魔獣を飲み込み、その肉体は砕かれ、すり潰され、肉片と化して灰となる。
しかし問題は魔獣の量だった。ナーデンが魔獣に対処するものの、その数は増える一方だった。取りこぼした魔獣たちはフェアスの街を襲い始めている。
「ナーデンさん! 後ろのことは考えずやってください! 残りはボクが狩ります!」
遅れて駆けつけたヴェリドもナーデンには劣るものの、蒼藍の魔剣を振るい魔獣の数を減らしていた。正面の魔獣に対処しながらも、距離の離れた場所にいる魔獣にも紫紺の魔剣を生み出して牽制する。
目の前の魔獣をその手で下した後、手に持つ蒼藍の魔剣を打ち出し、遠くの魔獣を貫き逃亡を許さなかった。ヴェリドの手を離れた蒼藍の魔剣は蒼の輝きを失い、元の紫紺へと戻る。撃ち出して地に刺さった紫紺の魔剣をヴェリドが振り抜けば、その魔剣は蒼の光を纏った。
墓場には多くの魔剣が突き刺さっていた。その数は数百にも及んだ。魔獣に突き刺さる魔剣はまるで魔獣たちの墓石の代わりのようだった。死を悼む者が居ない彼らの代わりに、ヴェリドが彼らを悲しみと慈悲を以って葬った。
彼らはヴェリドが振るう蒼い魔剣から逃れようとはしなかった。瘴気を纏う彼らの瞳は濁っていた。しかしヴェリドに落とされた首にある、二つの瞳は恐ろしいほどに透き通っている。中には瞳が無いものや、三つ以上ある個体もいた。彼らも皆、死を受け入れた安らかな表情をしていた。
対して魔剣を振るうヴェリドの表情は苦しげなものだった。どうして好んで彼らを殺そうというのか。ヴェリドが蒼藍の魔剣を振るい魔獣の首を落とすたび、その表情に影を落とした。命の重さは死んだヴェリドがよく分かっているのだから。
しかしこの戦場で激しい心痛と戦っているのはヴェリドだけではなかった。
足止めのための闇泥人形が生まれては破壊される光景を、ペペは悲痛な表情で眺めていた。アンディではこの魔獣たちを止めることはできない。何度この戦いを諦めて逃げ出そうと思ったことか。
ペペはアンディが傷つく姿をこれ以上見たくなかった。アンディの死を否定したペペの魔力はアンディとともに過ごすための力だ。動かなくなった屍を壁にする力などでは決してない。
また、ペペはアンディの存在がすり減っていくのを感じていた。これ以上戦い続ければ本当にアンディが死んでしまうかも知れない。ペペの魔力は無からアンディを作るのではなく、アンディの存在を少しずつ切り出して形を与えていた。
どうしてペペは逃げ出さないのだろうか。アンディと逃げ出してしまえば、見ないふりをしてしまえば、ことは簡単に解決する。そうしないのはそこに大切なものがあるからだ。
最初はただの同居者だった。アンディの父で自分の面倒を見てくれているとはいえ、それだけの存在だった。しかし多くの時を過ごしていく中で、その存在は次第に大きなものになっていった。
愛が芽生えたことに深い理由などいらなかった。食事を共にし、他愛もない話をした。時には喧嘩もしたが、最後は夕食を作って待ってくれていた。小さな積み重ねが二人を家族にした。
気づけばペペはアンディと同じほどナーデンのことも好いていた。血は繋がらずとも、そこには絆が、愛がある。ペペはアンディの存在を削りながら、ナーデンに迫る魔獣を食い止め続けた。
三人はいつ倒れてもおかしくないような疲労の中で、懸命に前を向いて戦い続けている。しかし戦うのは三人だけではなかった。
彼らが取り逃がした魔獣たちは街中へ侵入しようとしていた。フェアスの騎士は剣を振るい、御力を以って魔獣を退けようと戦っている。その中に騎士に紛れて濁った白剣を握る者がいた。
「どうして私がこんな事しないといけないのかしら……。あの子たちに会うためとは言え、嫌なものは嫌よね。これも全部あの鴉が悪いのよ」
その少女は魔獣の血肉に濡れ、朱色に染まっていた。悪態をつく彼女は相変わらずの白剣とフリルの多い服を纏っている。魔獣の血肉は付いているものの、意外にも彼女自身の外傷はなかった。彼女はクロウに言われるがままフェアスに来ていた。
突如、空気を打つ爆音が轟いた。その衝撃は地面に立つ魔獣がよろめくほどだった。サーノティアはよろめく目の前の魔獣を斬り殺し、音のした方へ視線を向ける。
「……どうするのよ、あれ」
血肉の少女は魔獣の血を浴びながら、険しい表情でそれを見つめる。あの日と同じく、竜が箱庭の防壁を破りその顔を覗かせている。感情無き竜は暴力的なまでの咆哮を轟かせた。
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