一人の死者と幾千の魂 59話 リルリットは何処へ

一人の死者と幾千の魂

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 聖女は創園祭にて救済の儀を行う。魔人の粛清は箱庭を管理する上で大した意味を持っていない。強いて言えば魔人を人民の敵とすることで、人々の団結力が強くなるということくらいだ。

 それゆえ、聖女はこの救済の儀にあまり乗り気ではなかった。そもそも聖女という立場も自ら望んで就いたわけではなく、自分が最も適性があったから仕方なくやっているだけだ。

 自分でも馬鹿らしくなるような戯言をそれらしく語るだけで、目の前の人々は熱狂して聖女という虚像を崇める。多くの魂を滞りなく循環させるための仕組みであるとわかっていても気が滅入ってしまう。

 気晴らしに聖女は興味深いモノがないか、高い壇上からあたりを眺める。これだけ人がいれば毎年一人や二人、面白いのがいる。いつものように眺めていると、熱狂する人々の中に聖女の目を引く少年の姿があった。彼は熱心に崇拝しているわけではなく、むしろ周囲の人々の熱量に圧倒されていた。聖女は些細な好奇心から彼の魂にいたずらしようと魔力を行使しようとした。

 しかし彼に対して魔力が発動することはなかった。その事実に聖女は目を丸くし、もう一度その少年を見つめる。彼は何かを追うように人混みを移動していた。どこか彼に似た雰囲気を持つ少年に、聖女は一層惹きつけられる。

 聖女は青みがかった紫の髪を持った、隻眼の少年を脳裏に焼き付けた。

※×※×※

ヴェリドは人に揉まれながらやっとの思いで教会の前から離脱する。ヴェリドは離れる前にマリーにリルリットを探す旨を伝えたが、マリーは熱狂に飲み込まれて聞く耳を持たなかった。

 ヴェリドはアークの共鳴をもとにリルリットを探し始める。しかしアークの欠片が共鳴するにはアークを宿す者が近くにいなければならない。逆を言えば遠くに入れば共鳴することはないのだ。

 ヴェリドはアークの共鳴を煩わしく感じていたが、今日という日だけは共鳴の存在に感謝した。しかし感謝と同時に、絶妙に使えない能力に苛立ちも覚える。リルリットといる時はあれだけうるさく反応していたのに、今は何の反応も示さない。

 教会の正面から離れると、あたりは閑散としていて人の気配がまるっきり感じられなくなる。街に出ていた人々はもちろん、露店の主ですら聖女を一目見ようと教会の前にたむろしているのだ。

 だからこそヴェリドは人目を気にせずにカプティルの街を駆け巡る。アークの共鳴が近くにいないと使えないのなら、自身の足で街を回り、探すしかない。皆が聖女に気を取られて誰もいない道なら、ヴェリドは瘴気を巡らせた身体で駆けることができた。

 唯一の懸念は巡回中の騎士だが、それも今のヴェリドにとって警戒するほどではない。やる気のない彼らは集中せずに、仕事の愚痴を零しながらダラダラ歩いているだけだ。ヴェリドの耳にはこのような時に悪事を働く者などいないと笑う、気の抜けた声すら聞こえてきた。

 しかしそんな彼らでも、瘴気を使っているところを見られれば否応なく戦わなければならない。魔人であるということはそれだけで罪なのだから。

 戦闘になれば面倒になるが、静かな街で会話をしていればその存在は嫌でも浮き上がる。彼らに気づかれないように足音を消して移動すれば対面する心配はない。ヴェリドは彼らの形だけの巡回を頭の隅に入れながらリルリットを探す。

 リルリットを探すヴェリドの眼には流れ行く街の景色が物寂しく見えた。あれ程賑わっていた街の通りは誰も居なくなってしまっている。そこにあった色々な人の様々な感情が、今は等しく聖女に向けられている。

 ヴェリドは祭りの時に街に溢れている活気が好きだった。各人がそれぞれの好きなものを見る姿はまさしく”人”であった。人々の好きは互いに邪魔することなく、優しく調和していた。色々な明るい想いが雑多に溢れる空間がヴェリドには心地よく感じられたのだ。

 しかし今、人々の興味は聖女にしか向けられておらず、そこには多様性の欠片もない。全ての人が崇める聖女の姿はヴェリドの目には気持ち悪く映った。聖女からは人々に対して何の興味も注がれていないことも不快感を感じさせる要因だろう。

 周囲に気を配りながらリルリットを探していたヴェリドは道に投げ出されたポシェットと人形を見つけた。それは肩掛けの部分が引きちぎれていたが、リルリットのポシェットと同じものだった。

 リルリットのポシェットはマリーの手作りであり、同じものが二つとない。それと全く同じ形ということはリルリットのものであることに疑いはない。

 ヴェリドは焦りと危機感を抱きながらそれらを拾う。そして拾うために止めた足を先程よりも速く動かして再び駆け出す。

 胸にわずかな隙間と焦りを感じながら走るヴェリドは、ふと強い衝動に襲われた。

――分かたれた俺を一つに! 奴から奪い返せ!

 奪い返すなど言語道断、ヴェリドはアークの宿主であるリルリットを守るために駆けつけたのだ。自身に語りかける声の言うことは無視してヴェリドは近くにいるはずのアークの宿主に近づこうとする。

 急いでここまでやってきたこともあり、心臓は激しく脈打っている。しかし一番の原因はアークとの共鳴だ。ヴェリドはアークの共鳴が大きくなる方へ歩みを進める。落ち着いて足を踏み出しているにも関わらず、胸を打つ鼓動が大きくなっていく。

 角を曲がるとそこには蹲る少女、リルリットが居た。

「良かった、やっと見つけた。一緒にママのところに戻ろ?」

「ゔぇりど……」

 蹲る少女はヴェリドに視線をやるも、その表情は硬い。ヴェリドが人形とポシェットを彼女に返してもその表情が和らぐことはなかった。ヴェリド自身も言葉のようにマリーのもとに戻れるとはつゆとも考えていない。

 険しい表情をしたヴェリドの中に、より一層大きな声が響く。

――分かたれた俺を一つに! 奴から奪い返せ!

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