一人の死者と幾千の魂 83話:再会

一人の死者と幾千の魂

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 某所、薄暗い街角にて。

「うーん、この辺の宿主は全部回収し終わったかなー」

「クロウが輸送してるみたいだし、確認取れたらひとまずは終わりですかね」

「そうねー、早くオジサンは若い子とチョメチョメしたいナ」

「どうしてすぐそういう萎える事言うんですか。優秀なんだからちゃんと仕事したら良いのに」

 冴えない老人と中年に差し掛かった男がそんな会話をしている。彼らは印象に残らないような風貌をしているが、彼らが身に着けている外套は見る者が見れば目を剥く代物だ。

 教会の最上位の人間だけが身につけることができるその外套はひどく傷んでおり、長年使われ続けているのが分かる。多くの騎士が五十歳までには現役を退くが、その老人は七十歳を前にして未だ最前線にいる。

「……はっくしょい!」

「風邪でもひいたんですか? 最強の風使いが聞いて呆れますよ」

「そんなことはないよー。誰かがオジサンの噂でもしてたんだよ」

 ジーン=ヌイは目を細めてヘラヘラと笑う老人を不快そうに睨む。ディアフォン=ブリーズはその視線を気にせず、悪ふざけを続ける。悪ふざけをしているディアフォンだが、その態度とは裏腹に、路地の一角に神経を尖らせていた。

「鴉も居ないことだし、言いたいことがあるなら出てきなよ。オジサンたちのピュアな会話を盗み聞きするなんて、趣味が悪いよっ!」

 ジーンはそれが誰に向けての言葉なのか分からなかった。しかし後ろに続く言葉にはツッコミどころが多すぎて、その疑問は消えてしまう。いい歳した大人がこうもふざけ倒しているのを見ると、ジーンの心の内にはどうしても呆れた感情が浮かんでくるのだ。

 しかしディアフォンの実力と能力の汎用性は任務をするうえで嫌というほど目にしてきた。彼はふざけているが、その能力に疑いはない。ジーンは一拍遅れて老人が見つめる方へ視線をやる。

 そこには白髪の紳士がワイヤーを手にしながら立っていた。

「……ガーリィがあなたを嫌う理由がよく分かる気がします。噂に聞いた通り、少々変わった方でいらっしゃる」

「まぁねー、よく言われるよ」

 彼は姿を表すと同時に軽く頭を振り、穏やかな言い方ではあるものの不満の声を漏らした。彼が頭を振るのにあわせて、整った白髪が左右に揺れる。ディアフォンは相変わらず胡散臭い笑みを顔に貼り付けていた。

 ジーンはその男を見たことがあった。自身が中央で働くことを拒み隣町で事務をしていた時、彼が利用者として訪れたのだ。連れの少年が発作を起こしてその対応をしたので、彼のことはよく覚えていた。彼は見た目は若さとは対称的に、物静かな深い悲しみを持っていたのだ。

「あなたは……」

 白髪の彼はあの日のように目を見開いてジーン=ヌイを見つめる。

「魔人だったんですね。違和感を感じたのも納得ですよ」

「えぇ、ヌイの姓を持っているのでまさかとは思いましたが、ここまで上の役を賜っているとは思っておりませんでした」

「僕としては事務職の方が向いていると思っているんですけどね」

「えー、ふたりとも知り合いなのー? オジサンだけよそ者で寂しい……」

「……そうですね。本日はどうなさいました?」

 思いがけない再会に、ジーンはおどけてそう言った。しかしそこにかつての思いやりのような高尚な感情はない。互いに変わってしまった、いや、本来の在り方に戻ってしまった悲しみがそこにはあった。

「あなた達に協力を仰ぎにきました」

「協力ねぇ……。なんともきな臭い話だこりゃ」

「つまらない駆け引きは辞めにしてください、臆病なご老人」

「臆病、ねぇ……。魔人にご老人と言われちゃ仕方ないか。そういう白髪の旦那だって歳食ってるでしょ」

 シグノアは言外に自分の魔力の能力をほのめかしてそう言った。ディアフォンは素早く考えを巡らせた後、腹を割って話すことを決めた。

 ディアフォンとシグノアは両者とも瞬間火力ではなく技量で相手をねじ伏せる戦い方をする。ここで無駄な気を使うよりも本題に素早く入ったほうが、互いにメリットが大きいとディアフォンは判断したのだ。

「それで、オジサンたちに何を頼もうって?」

「これから起きるであろう聖女とクロウの戦いでこちら側についてもらいたいのです」

「それで、白髪の旦那はどちら側なの?」

「白髪の旦那……? ちょっと良いですか? 僕はいまいちよく分かってないんですけど」

「……私のことはシグノアとお呼びください。簡単にお話させていただきます」

 ディアフォンとシグノアはテンポ良く言葉を交わすが、ジーンはそれについていけていないようだった。

「まず、私達はアークと呼ばれる魂の欠片を集めています。これは約二百年前に誕生した異端児の魂であり、強大な力を秘めているのです。そしてクロウはその魂の欠片を全て集めようとしている。ここまではよろしいですか?」

「大丈夫です」

「続けます。クロウは集めたアークの魂を一人の少年に集め、かつてのアークよりも、クロウよりも強大な力を持った魔人を作り出そうとしている」

「どうしてそんなことを?」

「クロウの願いの根源は箱庭の崩壊。率直に言えば聖女の殺害なのです」

「せ、聖女様を……!?」

 聖女の殺害という言葉を聞いて、ジーンは思わず取り乱す。ディアフォンもこれは想定外だったのか眉をひそめた。シグノアは説明のために瘴霧の森でのクロウとの会話を思い返す。

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