竜の亡骸は光と化し、新緑の芽を出している。立ち尽くすヴェリドのもとにぺぺが駆け寄ってきた。
「あんたやるじゃない! まさか本当に倒しちゃうなんて」
ぺぺは明るい表情でそう言った。しかし対するヴェリドの表情は浮かない。
「……リルちゃんは?」
「え?」
「リルちゃんはどこにいる?」
ヴェリドは低い声でぺぺに問いかけた。
「それは……」
ヴェリドの冷たく鋭い声に、ぺぺは言葉を詰まらせる。今までも警戒心をむき出しにしていたが、ここまでの剣幕だったことはなかった。
ヴェリドの蒼い瞳は爛々と光を放っている。その瞳はヴェリドに欠かせない大切なものを探していた。
「こうなることは予期できなかった。申し訳ない」
「……こちらこそすみません。八つ当たりですね」
いつの間にか近寄っていたナーデンが横から謝罪の言葉をかける。ナーデンの落ち着いた対応に、ヴェリドも熱を潜めて言葉を返した。
「ぺぺ、お嬢ちゃんに関する情報が途絶えたのはいつから?」
「魔獣が溢れてきてからよ。魔獣の波に飲まれてアンディが壊されちゃった。リルちゃんも自分なりに抵抗してたみたいだけど、どうなっているのかは分からないわ」
「そうですか……」
ヴェリドはアークの共鳴に意識を向ける。アークの魂の大部分がシリオンの墓と共に存在していた。まだ半分近くのアークが回収できていない。しかし今までのヴェリドが持つアークと比べれば、飛躍的にアークが集まっていた。アークの欠片が多く集まることで、共鳴がより鮮明に聞こえるようになる。
「サーノティア、出てこい。いるのは分かってる」
共鳴で聞こえてきたのは、探し求めていたリルリットではなくサーノティアのものだった。ヴェリドは背後を振り返って、蒼藍の魔剣を夜空から引き抜く。
「……やめてちょうだい。戦うつもりは無いのよ? 今日はヴェリドに協力しに来たの。私だって魔獣に襲われて大変だったんだから。……本当なのよ! そんな険しい表情で睨まないで。ヴェリドももう分かってると思うけど、鴉に命令されてるのよ」
血肉に塗れた少女、サーノティアは両手を上に挙げてひらひらと振った。それは交戦するつもりはない意思表示であり、サーノティアの本心であった。
「クロウから?」
「えぇ、ヴェリドも鴉の実験体だから分かるでしょ? 趣味の悪いことして魔力を高めるってやつよ。私だって好き好んでこんな血なまぐさい事しないわ。もっとも、ヴェリドは有望株だからそこまでひどいことはされてないでしょうけど」
相変わらず饒舌は健在で、サーノティアは聞かれていないことまでペラペラと話していく。その様子をぺぺたちは圧倒された様子で眺めている。
サーノティアの言葉が一度途切れたところでヴェリドはリルリットについて問いかける。
「リルちゃんはお前が何かしたのか?」
「私は何もしてないわ。私は一段落ついたらヴェリドに声をかけて中央教会に連れてこいって言われたからここに来たのよ。一段落というには少し衝撃的だったけど。鴉が言うには、世界に散らばるアークの欠片がすでに教会に集まっているらしいわ」
「騎士たちが言っていたのはこの事か……」
「これは私の推測だけど、教会の騎士に連れて行かれたんじゃないかしら? あの子が一人でどこかに行くとは考えにくいし。魔獣の死体しか散乱していないから、少なくともここでは死んでいないと思うわ」
ヴェリドはその言葉に納得しそうになるが、何かが引っかかった。リルリットの喪失が何度も頭をよぎるが、一度その思考を脇に置いておく。サーノティアの言葉を反芻して、そこに感じた違和感を探す。
「魔獣の死体しかなかった?」
「えぇ、とは言え私は街からここまで歩いてきただけだから、ちゃんと見てきたわけではないけれど。何か引っかかるところでもあったのかしら?」
「教会の騎士の死体はどこに行ったんだ?」
「ベイゼルの死体なら外壁の瓦礫に挟まっている。必要であれば回収してくるが」
「いえ、結構です」
ナーデンの言葉を受けて、ヴェリドは一つの案をひねり出す。
「代わりと言ってはなんですが、サイアードの死体を発見したいです。この状況で騎士がリルちゃんを誘拐するなら、二人のうちのどちらかのはずですから」
「早くしないとこの街の騎士がくるわ。急ぎましょ」
ヴェリドの提案をきっかけに、サイアード探しが始まった。魔獣が散乱しているが、それを意に介さず人形のなにかを探した。四人で手分けして辺りを探したが、サイアードらしき死体は見つけられなかった。
「こっちも収穫無しだ」
「わたしもよ」
「そうですか……」
「私も見つけてないわ。ひとまずはその騎士様がリルちゃんを誘拐したと考えて良いんじゃないかしら。騎士がアークを集めているのは分かっているのだし」
「中央教会にアークを集めているんだったな?」
「えぇ、鴉が言うにはアークを集めて戦い合わせて、生き残った個体を選別するって寸法らしいわ。確か蠱毒とか言ってたかしら。私の見立てではリルちゃんもそこに集められているはずよ」
「そうか……」
悩むヴェリドを見て、ナーデンはふと口を開いた。
「君たちは教会に向かうと良いよ。こちらの処理は僕たちが済ませるから。それに騎士が来ると面倒なことになる」
「ありがとうございます。サーノティア、案内してくれ」
ヴェリドはナーデンに礼を言って、教会へ向かった。
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