サーノティアとの旅は思いの外すぐに終わった。リルリットの旅は人目につかないようにという配慮と、幼いリルリットの体力を気遣ってのものだった。一方のサーノティアの旅では身体強化を掛け、ひたすら移動し続けた。
道中多くの魔獣に出くわしたが、その全てを無視してひたすら走り続けた。魔獣の中には魔猿やそれの同種と思われる個体も数多くいた。ヴェリドは大きな違和感を抱きながらも見逃す他なかった。
カプティルの街まで到達したヴェリドたちであったが、その姿は恐ろしいものだった。
「どういうことだ……?」
「クロウの計画が最終局面に入ったってことよ」
「なにか知っているのか?」
「さぁ? 詳しくは何もわからないわ。私はあくまでもクロウの使い捨てのコマでしかないもの」
カプティルの街の防壁は大きく崩れていた。箱庭の外壁よりも規模は小さいものの、よほどのことがない限り壊れるようなものではない。普段は防壁の外からでも聞こえてくるほど繁盛している中央通りだが、その賑やかな声は聞こえてこない。
普段は長蛇の列ができている防壁の検問所も今は誰もいない。ヴェリドたちは検問所に誰もいないことを確認して、瓦礫で埋もれた入口の隙間を縫ってカプティルの街の中に入った。
街に入って一番に目に入ったのはカプティル中央にそびえる大樹であった。もともとあった教会を飲み込むように生えているそれは、フェアスに生えていた大樹と比べても遜色ないほどの大きさだ。明らかな異変にヴェリドは髪を掻き上げた。眼窩に輝く蒼い瞳はかつてないほど輝いている。
街の外からぼんやりと見えていた大樹は明らかな異変を物語っている。突然現れたという事実だけでなく、遠目から分かるほどのおぞましさを纏っていた。
かプティルの街の異変はそれだけではない。ヴェリドが視線を下に向けると、道の至るところに血痕が残っているのが見えた。ヴェリドは街の静けさの理由を言外に示されているような気がして身震いをする。
ヴェリドは横目でサーノティアの表情を見た。彼女に似合わぬ真面目な顔からは考えを読むことはできない。サーノティアはヴェリドの視線に気づいて首をかしげた。
「なによ、私の顔なんか見ちゃって? 私のことを見るなら、まずはその不安そうな表情をどうにかしてほしいわ。言いたいことがあるなら言ってもいいのよ?」
「寒いんだ」
「それがなによ」
サーノティアは眉をひそめてヴェリドを見つめる。馬鹿なこと言わないで頂戴と言わんばかりの表情に、ヴェリドは言葉を付け加える。
「わからないか? これだけひどいことになってるのに、魂の気配が全く無い。感じるのは淀みばかりで人間じゃない」
「そうみたいね」
サーノティアの言葉に呼応するように魔獣が姿を表した。その姿はかつて瘴霧の森で見た変死体と同じだった。筋肉が異常に膨張し表皮が破れている。顔というべき部位は粘土を上から塗り被せたかのように潰れていた。
もとの動物がなにかもわからない四足獣は、獣というよりも人のような声で唸っている。一体の四足獣を先頭にして、五体の四足獣が群れをなしていた。
魔獣たちは一斉に動き出し、ヴェリドたちに襲いかかる。ヴェリドは正面から飛びかかる魔獣を魔剣を創り出すと同時に切り裂く。
魔剣は魔獣を切り裂くも、魔獣は動きを鈍らせることなく暴れ続ける。複数の魔獣を相手取りながら、ヴェリドはしぶとく動き続ける魔獣たちを見て、足を潰すことに意識を向けた。
一方のサーノティアは魔獣に自らの腕を差し出し、文字通り、鉄骨を食らわせそのまま地面に叩きつけた。追撃をしようと骨剣を取り出すが、それを咎めるように横から食らいつかれる。
脇腹を大きく削られたサーノティアは動揺することなく肉体を再生し、喰らわれた自身の肉を起点に瘴気による爆発を引き起こした。口元が爆ぜた魔獣は原型こそとどめているものの、即座に絶命し動かなくなった。
足を奪われ、仲間が殺されるのを見ても、魔獣たちは怯える素振りを見せず好戦的だった。ヴェリドは気が進まなかったが、動けなくなった魔獣たちを一体ずつ蒼藍の魔剣で刺し殺していった。
「教会を目指そう」
ヴェリドはそれ以外なにも言わず、険しい表情で遠くを見ていた。
魔猿が人為的に生み出された魔獣であるなら、この四足獣も人為的に生み出された魔獣である。クロウが人工魔獣に関与しているのは間違いないが、どれほど教会が認知しているのかがわからない。
この街の惨状を教会が知らないと言うことはありえない。そうであれば、考えられるのは二つ。教会がこれを黙認している、あるいは主導している。もう一つは教会が対処しきれないほどの戦力をクロウが保有していて、カプティルを襲ったということ。
アークの欠片の多くはヴェリドに集まっている。ヴェリドはクロウが聖女を恨んでいることもおおよそは分かっていた。
故にヴェリドは行動しなくてはならない。全てが手遅れになる前に。
あるいは、手遅れだったとしても。
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