骨でできた貧相な剣はリルリットに今かと差し迫る。それを動かすのはサーノティアの魔力によるものだった。その骨剣はサーノティアの骨から作られていた。アークを宿したサーノティアが得た魔力は不死。それから発展して、分離した肉体を操る力も得ていた。
骨を抜いたサーノティアが代わりに入れたものは金属の棒だ。それこそがヴェリドが彼女の腕を紫紺の魔剣で打ち付けた時に感じた衝撃の訳である。自身の体に金属を入れることで、彼女の腕は装甲と化していた。
ヴェリドは、首を刎ねたにも関わらず動き続ける骨剣を自らの視界に捉えた。他者を傷つけることに怯えた目から驚きや混乱を経由し、絶望へと変わる。
「やめろぉぉぉ!!!」
全身に満ちる瘴気を骨剣の軌道を変えることに費やすも、骨剣は揺らがない。ヴェリドの叫びも虚しく、骨剣はまっすぐリルリットに向かう。
※×※×※
突然ではあるが、魔人とは感情や想いの発露によって御力ではない超常の力を身につけたものだ。自らの感情や願いが魔力という形を成し、その力を振るい、自らを満たそうとする。
しかし世論では魔人とはなにかと聞かれれば多くの人は「悪」と答えるだろう。本来であれば魔人と呼ばないはずの御力を持たない人間のことを魔人と呼ぶことが多々ある。
それは神からの祝福である御力を宿すことができない人間は悪であり、魔人の多くは御力を持たない。それゆえ悪いものは魔人であるという考えが産まれた。
またそこから御力以外の力を持つ存在は悪であるという考えも存在する。この二つの考えは卵が先か鶏が先かという話になるので割愛するが、重要なのはこれらの考えがあるということだ。
リルリットはアークを宿すものである。アークの魂には他人の魂と結びつき、宿主に危機が迫ればその者に魔力に準ずる力を与えるという作用がある。
アークと結びついた人間は自分が危険にさらされた時、御力とは異なる超常の力を宿す。魔人という言葉の本来の意味に立ち返れば、アークの宿主は魔人ではない。しかし御力ではない超常の力を使うという点では魔人と同じである。
御力ではない不可思議な力は悪いものに由来し、それを用いる人は悪であり魔人であるというのが一般的な考え方だ。このように考えるのならアークの宿主は魔人ということになる。
アークの宿主であるリルリットは魔人である。そして彼女の前には骨剣が迫っている。これ以上ないほどの死の危機だ。
それが起きるのは偶然か、それとも必然か。
※×※×※
骨剣がリルリットの胸に到達しようとした時、ヴェリドがあれほど瘴気を注いでも止まらなかった骨剣が静止した。その動きはあまりに不自然で、なにか超常の力が働いたことをヴェリドとサーノティアに嫌でも感じさせた。
リルリットが首から下げるポシェットの中にある、藍色の髪をした人形に付けられた髑髏の首飾りが静止した骨剣の前で揺れる。髑髏の首飾りは段々と熱を帯びて、骨の白色だったそれは赫々たる光を放っていた。
いきなりの出来事に呆然としていたリルリットであったが、首飾りの強く、しかしながら優しい光によって現実に意識を戻す。リルリットは無意識に自らの前にある骨剣へ手を伸ばし触れると、骨剣は砂で作られていたかのように崩れ落ちた。
首飾りは力を失ったかのように輝きを失った。リルリットはそれを大切そうに両手で包むが、手の中に塵の山が積もるだけだった。
「あーあ、やったと思ったのにね。私、必死に魔力を隠しておいて、いざという時に使って勝とうと思ってたのよ? 実際それでうまく行ってたわけだし。まさかリルちゃんに全部持っていかれちゃうとは思わなかったわ」
地面に転がるサーノティアの頭は首から下がないにも関わらず、相変わらず饒舌に語る。
「これ以上やっても勝てなさそうだし、今日はこれでおしまいにするわ。また会おうね――」
頭と離れ離れになった胴体はふらりと糸繰り人形のように突然立ち上がる。ヴェリドはそれに合わせてリルリットを守るように紫紺の魔剣を構える。それは半ば無意識だった。
「――ヴェリド」
サーノティアの身体はヴェリドに向かって手を振り、再び糸が切れたように脱力する。それと同時にサーノティアの頭部と身体が爆ぜた。彼女の肉体の大半は形を留めず、肉片と化した。
あまりに猟奇的なその光景にヴェリドは思わず顔をしかめる。肉片が爆風に乗ってヴェリドの元へ訪れる。生きていた人間が死した後のぬくもりは、何度感じてもおぞましいものだ。
飛び散った肉片やサーノティアの残骸は、しばらくすると赤黒い血のような霧となって消えていった。ヴェリドが手にしていた魔剣もサーノティアの肉体と同じように、光とも霧ともつかない様相となってヴェリドの手から消える。
「良かった、良かった……!」
ヴェリドは一瞬の後、リルリットにすがりつくように少女の身体を抱きしめた。彼女が苦しまないように、優しく、包み込むような抱擁だった。もしこの光景をヴァンが魔人となる前に見ることができれば何かが変わっていたかもしれない。それは本当の家族の間に生まれる暖かいものだった。
「だいじょうぶだよ。リルはげんきだよ」
ヴェリドから漏れる嗚咽を聞かなかったふりをして、リルリットはヴェリドの抱擁を受け入れる。リルリットはヴェリドの熱い抱擁を受けながらも、頭の中で冷静な考えを巡らせていた。
リルリットはすぐに自分の身に起こった変化に気づいた。そして自分の命が狙われたのはよくわからないソレが原因であることも、曖昧ながらも理解していた。きっとこれから先、落ち着いて暮らすことはできないということも。
しかしリルリットは、何も知らないふりをしてその身をヴェリドの熱に委ねた。
コメント