一人の死者と幾千の魂 63話:ヴェリドと少女

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「おい、お前! 何をしている!」

 静かな街に突如鋭い声が響く。その声は抱擁を交わすボクたちに向けられたものだ。声の方へ視線を向けると巡回していたと思われる教会の騎士が二人いた。

 彼らは腰に豪華な装飾が施された鞘に直剣を差している。血に濡れたボクを見てただ事ではないと判断したのだろう。彼らは示し合わせたように剣を抜くと、互いに距離を取りながら少しづつ近づいてくる。

「それ以上ボクに近づかないでください。貴方達が仕掛けてこなければ、争うつもりはありません」

 ボクはリルちゃんを抱きしめながら騎士たちを睨みつける。ボクの精一杯の威圧が功を奏したのか、彼らはその場で立ち止まった。しかし彼らは相変わらず剣を隙なく構えている。

「お前はここで何をしていた? 今のお前の状態を顧みて答えよ」

「その前にこの子の安全を確保したいです。話はそれからお願いします」

「お前がどんな立場にあるのかわかっているのか!」

 騎士のうち、最初に叫んできた方が再び高い声で喚く。この人はきっと騎士である自分に対して誇りを持っているのだろう。騎士である自分に反抗的な態度を見せるボクが気に食わないのだ。

 もう片方の少し老けて見える騎士は目を伏せて考え込んでいる。考え込むと言っても、ボクが今斬りかかろうとすればすぐに対応できるだろう。年の功なのか、こちらの騎士のほうが練度が高いように思える。

「了解した。申し訳ないが、教会まで来てもらっても良いか? その少女に危害を加えないことを約束しよう」

 その提案は敵陣のど真ん中に入り込むことを意味する。今ここで抗ってリルちゃんを逃がそうとすれば、逃がすことはできるだろう。しかしそうすればボクと教会の関係が致命的に悪くなる。この場を凌ぐことができたとしても、その後が続かない。

 ただでさえボクは魔人であり潜在的な教会の敵である。まだボクが魔人であることはバレてないが、ここで戦おうものなら、魔力を使わないことには乗り切れない。それに先の戦いで疲れている。万全の状態でないのに騎士二人を相手取ることは避けたい。

「その子を傷つけたら、ボクも落ち着いていられなくなります。くれぐれも大切にしてください」

「お前何様のつも――」

「この者を始め、周囲の者にも言いつけておこう」

「よろしくお願いします」

※×※×※

「――それでお前はあの場に居たんだな?」

「その通りです」

 ボクはアークや魔力のことを濁しながらことの概要を伝えた。嘘はついていないので、矛盾は生じていないはずだ。

 教会で取り調べを受けているボクの前には尋問員が座っている。その人は近くに護衛として立っていたであろう騎士に何かを耳打ちすると、その騎士は部屋の外へ出ていった。

 ボクと尋問員の間に沈黙が流れる。しかしそのすぐ後に部屋の外から何やら話し声が聞こえてきた。

「聖女様! どうしてこのようなところに!」

「少しこちらに用があるの。入れてもらえないかしら」

「しかし、かの者は街中で危険行為を働いています! おそらく殺しもしています! もしも聖女様の身になにかあれば私は!」

「問題ありません。入れてください」

「聖女様を傷つけられるものなど存在しない。それに一度こうなってしまった聖女様は動かないぞ。入れて差し上げろ」

 あの日見た聖女の姿がそこにはあった。憎らしいほどの美を纏った彼女を見たボクの感情はうるさく散らかっている。彼女を嫌悪していても不思議ではないのに、ボクの心は不快感ではなく高揚感から鼓動が速まる。ボクを殺した相手のはずなのに、愛おしささえ感じている。

 聖女はまっすぐにボクを見つめ、互いの視線が交差した。その瞬間、彼女は感情の宿った宝石のような目を見開いて、涙を流し始めた。

 なぜだかわからないが、ボクはその涙を拭わないといけないと感じた。ボクが彼女に歩み寄る。すると彼女は身体を震わせて、膝から崩れ落ちた。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 許してなんて言わないから、嫌いにならないで、私があの時気づいてたら、でも私、貴方を助けたくて、それで、ああぁぁ……!」

 それはボクに対する懺悔のようだった。彼女の言葉は形にならず、嗚咽に混じって宙に漂う。彼女の言葉が意味することはわからないが、彼女の言葉は本物のように感じた。

「大丈夫だよ」

 ボクの口から意図せずそんな言葉が漏れる。自分でも何が大丈夫なのかさっぱりわからない。尋問員や騎士たちも聖女が見せる異様な光景に困惑しているようだった。

 一つだけ確かにわかることは、ボクは確かに聖女と関わりがあるということだ。それは決して救済の儀で殺された程度の浅いものではない。

 ボクが時折見る記憶はきっと大切な真実であるはずだ。最初に見たのはボクが血を流して横たわっている時に、涙を流してボクの手を握りしめていた。二回目はオルフィの花を一緒に見た。

 ボクは彼女が落ち着いてから、再び彼女の目をしっかりと見つめながら口を開いた。

「ボクは君と一緒にオルフィの花を見たよね」

「うん」

「君は最期にボクの手を取ってくれたよね」

「うん」

「でも、それ以外のことはわからない。君の名前も過去も。だから、全部思い出すまで待ってて」

「本当……?」

「うん、約束」

 その時の彼女の表情は泣きそうな、また嬉しそうな、それでいて悲しげなものだった。彼女はなにか呟いてボクの方を見ると、絶望にも似た表情で笑った。

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