袴田杏璃の走馬灯〜前髪切りすぎて死にました〜

短編小説

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本編

 袴田杏璃は前髪をとても大切に思っている。それこそ「前髪命」という言葉がしっくり来るくらいに。

しかし前髪を意識して、作り始めたのは高校に上がってからのことだった。

 中学生の時、彼女は髪型や服装などを気にすることはなく過ごしていた。周りの子は徐々に化粧などのおしゃれに目覚め始めるが、はそんなこともなく過ごしていた。

 そんな彼女が少し変わり始めた原因は恋をしたことだ。きっかけは些細なことだった。

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 根暗な私はクラスでもあまり友達がいなかった。登校時間ギリギリに来て、休み時間は机の上に突っ伏していた。そうすればなにか面倒なことに巻き込まれないで済むから。

 その日は日直だったので皆より少し早く登校しなければならなかった。一緒に日直だった子――確か和久津さんだった――とは最低限のコミュニケーションをとって日直の仕事を終わらせた。

 いつものように机の上に突っ伏していたら突然声をかけられた。和久津さんの声ではなかった。あの子の声はいつも一人でいる私に気を使った、少し戸惑っている声だった。聞こえてきた声は明るい男の子の声だった。

「いつもは時間ギリギリに来るのに今日は早いな」

 顔を上げて声をかけてきた彼の方を見る。彼、長谷川くんは私の顔を見ながらニコニコ笑っていた。バカにするような笑いではなくて純粋な優しい笑顔だった。

 このあとにどんな話をしていたかは覚えていない。人と話しなれていない私は他愛もない話でも言葉が喉から出ずに引っかかってしまう。話をするのにその時は一生懸命だった。ただその時にした会話がとても楽しかったのは覚えている。

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 ではなぜ彼女が前髪を意識して作り始めたのが高校生からだったのか。それは中学生の時にイジメられるようになったからだ。

 優しい男の子に恋をした女の子は、それを気に食わない女の子たちにイジメられる。なんともありふれた話だ。これは文化祭のこと。

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 私の学校では文化祭はそんなに派手なことはやらない。やることといえば合唱コンクールと有志の人がするちょっとした劇や文化部の披露会くらいだ。

 そんな小規模な文化祭でも一年に一回の学校行事だ。女の子たちは少しだけオシャレをして楽しむ。制服は変えられないので、髪の毛をきれいな色のリボンで結んでいたり、普段は髪を一つにまとめている子は三編みの編み込みをしていたりする。

  一年前はそんなことは気にしなかったが今は興味があった。私が皆みたいにオシャレをしたら長谷川くんはどんなふうに思うのだろうか。あの時みたいに話しかけてくれるのかな。綺麗な青のリボンでポニーテールを結ぶ。なるべく丁寧にきれいな形になるように整える。

 綺麗に髪を結んだあとは体育館で色々な演目を楽しんだ。吹奏楽部の演奏やチア部のパフォーマンス、もちろん有志の人の劇もあった。ただ視界の隅にかすかに入る長谷川くんの姿が気になって演目に身が入らなかったのも確かだ。

 そんな風に浮かれていた報いだろうか、教室に戻ったとき私の鞄の中身が床にばら撒かれていた。私が持ってきたリボン、普段使っているペンケース、新品のノート、教科書。私は何も言わずに鞄にそれらを入れ直す。埃を払うこともせずに淡々と作業を進める。

 散らかった床が綺麗になったときには、結んだ青のリボンが解けていた。

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 中学校を卒業してから袴田杏璃は美容院で長かった前髪を切った。陰気臭かった自分を変えたいと思ったのだろう。また中学校のときに髪をバッサリ切ったらいじめっ子に何をされるかわからないというのも、高校生になってから髪を切った理由でもあるだろう。

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 美容院の中は意外と混んでいた。何度も通っているはずの美容院なのに緊張してしまう。周りのことが気になって仕方がない。きっと普段と違う切り方をしてもらうからだろう。

 ふと一人の男の子を見つける。五歳くらいの小さな男の子。幼い男の子にしては大人しく座っている。もしかしたら私のほうが落ち着きがないようにも思えるくらいには落ち着いていた。

 男の子はきっと髪を切りに来たお母さんを待っているのだろう。私が並んでいる席とは少し外れたところで何かを抱えながら座っている。

 ついに私の番がやってきた。時間としては長くても数十分なのだろうが、待ち時間がとても長く感じた。私は美容師さんにいつもと同じおどおどした口調でオーダーする。

 美容師さんが私のオーダーを聞いて、私の髪に鋏を入れる。チョキ、チョキ、チョキと心地の良い一定のリズムを刻むこの時間が私は好きだった。

 短くなった前髪から見える景色はとても新鮮で綺麗だった。鏡越しに男の子と目があった。男の子は自然な笑顔で私に微笑む。

 ――髪型、似合ってるよ。そんなふうに言われているような気がして私も自然と頬が緩んだ。

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 これは死ぬ日の朝のこと。彼女は長谷川に髪型を褒めてもらってから、毎朝前髪を作るのが習慣になった。……ナレーターするの疲れちゃった。

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 トースターでパンを焼いて適当なジャムを塗って急いで食べる。前髪を作るようになってから朝の時間が足りなくなってしまった。というのも中学校の頃は登校時間ギリギリを目指していたから、遅く起きても間に合っていたのだ。今は少し遠い学校に通っているということもあるが、前髪を作る時間を考えると朝は忙しくて仕方ない。

 残ったパンの欠片を飲み物で流し込んで、すぐに洗面所に向かう。そこで顔を洗ってから鏡を見る。前は鏡に映る自分が嫌いだったが、今は自分が好きになれた気がする。

 少し伸びた前髪をヘアアイロンできれいに伸ばしてから水平に鋏を入れる。

 鏡を見ると少し歪んだ前髪がそこにはあった。ショックのあまりその場から動けないでいる。気分が落ち込んでしまった。

 呆然としていると、ふと中学校の嫌な思い出が脳裏によぎった。それ以外にもたくさんの思い出が脳裏によぎる。意味がわからないが漠然とこれが走馬灯だとわかった。

 不思議なことに洗面所の鏡に男の子が写っていた。美容院で微笑んでくれた男の子があのときのように笑っていた。

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 お仕事完了。袴田杏璃は無事に死にました! 真面目に仕事するのは疲れちゃうよね。それでも、これで依頼主は喜んでくれるはず! まあ、依頼主も死んでるけど。やっぱり死を願うなら生を捨てなきゃ話になんないよね。

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