動乱のシャウウィン星 前編

短編小説

以前書いた「クラスのアイツはシャウウィン星人」の関くんの過去編になります。

本編

 王の近衛であるシヴァスが王に一通の報告書を渡した。それはシャウウィン星の平穏な日々に終わりを告げるには十分なものだった。

 その報告書は実にシンプルに書かれていた。

 ―――ゴブリン星に戦争の兆しあり。兵の数、約1億。歴史史上最大の戦争になる恐れあり。

 王はこの知らせを受けて国民に、戦争が近いことを知らせ、戦争準備を急がせた。食料を溜め込む者、来る戦争に向けて士気を高める者、これから行われる殺戮に恐怖する者、都市の中心部から離れる者、それぞれがそれぞれの準備をしていた。

 もちろん、王は国民に戦争準備を急かすだけでなく、国防軍にシャウウィン星とゴブリン星の間に星間戦線を築いた。そこにはシャウウィンが持つ最高技術が注ぎ込まれている。
 核融合炉によって膨大な量のエネルギーの運用を可能にし、そのエネルギーを四次元障壁の維持や、放射線集中照射機の稼働に利用している。しかしゴブリン星人たちは巨躯から生み出される無尽蔵の力で障壁を突破してしまう。
 放射線集中照射機はゴブリンに直撃すれば殺すことができる。しかしそれでも、撃ち漏らしたゴブリンたちは少なからず、シャウウィン星に上陸してしまう。

 だからこそ、シャウウィンの戦士たちは日々武を磨き、自身の手でゴブリンたちを殺さんとするのだ。

「今回の戦争も義勇兵として参戦するの?」
「当たり前だろ、敵との戦いで剣を振らずに、いつ振るんだ?」
「そうよね、貴方だもの」
「どうした? そんな事聞いて? なに、なんともなく帰ってくるさ」
「必ず生きて帰ってね…」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ」

 そして彼もそんなシャウウィンの戦士である。
 あぁ、彼に言えるわけがない。なんの根拠もなく、ただ嫌な予感がした、貴方には戦争に行かないでほしい、なんて。
 シャウウィンの戦士は武を磨くことを生きがいとし、戦場で剣を振るう事を誇りに思っている。戦士にとって戦場に行かないでほしいなどという言葉は、最大の侮辱であり人生の否定である。
 彼女もその意味を知っているし、かつて戦場で肩を並べて戦った仲間でもあるから、彼に言えなかった。
 だからこそ誰にというわけでもなく祈る。

 必ず、生きて帰ってきてほしい。

 ※×※×※

「隊長、奴らが星間戦線に到達します! その数、約5千万です!」
「む、報告ご苦労。では準備と士気を上げておこうか、障壁を抜かれる前にな」

 報告より大きく少ないその数に一瞬、戸惑うがそれを表に出さないように、軽い口調でそう返した。
 奴らには作戦など考える能力があったのだろうか? ゴブリン共は純粋な暴力でしか物事を解決できないはず。それとも、見積もりが間違っていたのか? いや、少なく見積もるのは危険だ。奴らの中に変異種が複数生まれたと仮定して戦争に臨むべきだ。もし奴らの中に戦略を考え、それを実行に移せる個体がいるとなれば、この戦いは厳しいものとなる。
 男は数瞬思考し、何事もなかったかのように天幕から出ると、剣を掲げ義勇兵に檄を飛ばす。

「諸君! 義勇兵としてよく集まってくれた! 我らが怨敵である醜きゴブリンどもが、尊きシャウウィンを侵略しようとしている! 奴らは原始的な暴力によって幾度となく、我らに戦争を仕掛けてきた! そのたびに我らが流した血は数知れない! だがしかし! だからといって戦争をせずに逃げることを是とするか? 醜きゴブリンにシャウウィンが住まう美しきこの地を譲り渡す事を是とするか? 原始的なゴブリンに知恵あるシャウウィンが屈服することを是とするか? 否、否だ! そのようなこと、到底許されることではない! 我らには知恵がある、原始的暴力に対抗する剣を持つ! 研ぎ澄まされたその技術はいつ使う? 鍛え上げられた剣はいつ振るう? 今こそシャウウィンの剣を振るう時である! 総員、奴らの首を跳ねる準備はできているか!?」
「「「「「シャウウィン!!!!! シャウウィン!!!!!」」」」」

 檄を飛ばしながら男は思う、今回の戦争でどれだけの人が死ぬのだろう、と。

 地上で、義勇軍の士気が上がりゴブリンを迎え撃つ準備が整った頃、星間戦線では激しい攻防が繰り広げられていた。

「第八部隊、前方右に照射開始!」「こちら障壁第十五部隊、障壁の再生が間に合いません! 判断を!」「こちら本部、一から二十の障壁部隊は速やかに第一戦線を破棄し、第二戦線に移行」「照射部隊は誤射の無いように」

 数多の指示が無線で飛び交う戦場は、接敵してからは一段と戦場特有の熱気を孕んだ。その熱が現場の人間を良くも悪くも狂わせる。本来であれば気付くような事も、熱に狂わされた思考だと見落としてしまう。予測された敵兵の数が少ないということの異常さに。
 軍とは一つの生き物であり、現場の人間はその手足である。その手足が思考を止めることは決して悪ではない。むしろそれを良い事と言う者もいる。思考することは軍の頭である本部がすることであり、手足は頭の指示を受けて動くものだ。軍の頭が異常性に気が付いていないなら戦場は崩壊してしまうだろう。

「シヴァスよ、お前は戦争準備段階で兵の数は1億と言ったな? しかし今確認できている敵兵の数は約五千万だ。この現状をどう見る?」
「事前に観測した1億の兵を今回の戦役で用いないのは不自然です。考えられるのは、何らかのトラブルにより兵が出兵できない状態にあること。あるいは用意した兵は既に出撃していて、我らがその兵を確認することができていないということ。前者は可能性として上げましたが論ずるに値しません。予想外が起きるのが戦場であり敵が負傷しているというような楽観思考は敵です。後者の場合、非常に厳しい戦況になると思われます。我らの軍はゴブリン星に対して正面に対してしか戦線を張っていません。星の裏から回って奇襲攻撃となると我らの軍は瓦解します。また今まで正面から攻めることしか能がないゴブリンたちにはこのようなことはできません。少なくとも簡単な奇襲作戦を理解できる程度の知能を持っている個体が複数いることは確実です。最悪の場合、私達に匹敵する個体がいます。これらを踏まえた上でどうなさいますか、陛下」
「ふむ…。ここで全方位障壁を張るのは得策ではないな。エネルギーが尽きてしまえば地上での応戦となる。これは避けるべきだ。索敵班に人員を割くほうが賢明か」
「ではそのように―――」
「報告!! 各地でゴブリンたちの小隊による襲撃が発生! 上陸した小隊の数は現在確認中!」

 軍の頭はゴブリンたちの異常性に気が付いた。しかしそれに気がつくには遅すぎた。もっと正確に言うならばゴブリンたちが速すぎたのだ。
 ゴブリンたちの動きは、今までの彼らとはまるで別物のようだった。
 今までの彼らは本能のままに侵略を繰り返す獣だったが、今は訓練を受けた兵士のようだった。シャウウィンの戦士が今までゴブリンたちに立ち向かうことができたのは、ゴブリンたちが知恵のない獣だったから。

 今から行われるのは知恵を持ったゴブリン達による蹂躙である。

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