――お前は誰だ?
――お前は誰だ?
――お前は誰だ?
その声はヴェリドの中に響き続ける。アークとの共鳴は次第に強くなっていく。
――お前は誰だ?
――お前は誰だ?
――クロウ?
――違う他のも混じっている。
――俺か?
――違うのも混じっている。
――これだけ歪であるというのに、どうして正気を保っている?
――お前は誰だ?
ヴェリドは目を見開いて墓石から手を離した。ナーデンとリルリットは動転したヴェリドを見て、怪訝な顔をする。ヴェリドは呼吸をするのを忘れてその墓碑を見つめていた。リルリットに服を引っ張られてようやく気が付き、荒い呼吸と鼓動を刻み始める。
ヴェリドはゆっくりと息をしながら、アークのたび重なり脳内に木霊する声を聞いて、ヴェリドはそこがシリオンの墓であることを確信する。リルリットとの共鳴は旅を共にするうちに、意識しなくなっていった。久しぶりの共鳴といえどもアークを確信させるには十分だった。
そしてその声は普段の共鳴とは訳が違う。理性を失った復讐の声が普段の共鳴なら、今回の共鳴は理性ある声だった。今までの共鳴はアークと他者の混じり物との共鳴であったが、理性ある声は純粋なアークの欠片だった。
彼らの言葉には引っかかる箇所がいくつかある。しかし情報が断片的過ぎて理解には結びつかない。クロウを知るアークの断片は過去を明らかにするためには避けては通れないものだ。大切な存在だったシリオンの元に集まったアークの欠片を取り入れるためにはどうするべきか。
「ヴェリド大丈夫?」
リルリットが不安げな表情でヴェリドの顔を覗き込む。旅をする中でリルリットはヴェリドの危うさを知っていた。彼の心は限界に近い。もしかしたら既にどこかが壊れてしまっているのかも知れない。見た目は青年かもしれないが、その精神の危うさは幼い子供と同じなのだ。
名前を与えられなかった少年は生まれてからしばらくは親のもとで暮らしたものの、弟が生まれてからは独房の中で刺激のない生活を送っていた。そんな彼に強い刺激を加え続ければ、急速に瘴気が膨らむのと同時に人間性を削ることになる。
「大丈夫だよ」
しかしヴェリドは穏やかな声を取り繕って大丈夫と返した。その言葉がヴェリドの強がりであることは誰が見ても明らかだった。しかしリルリットはあえてそれを口に出さずに、ただ微笑みで返した。
ヴェリドとリルリットの二人は少しの間、墓掃除をした。ナーデンと二人の間には会話がなかったが、どこか心地よい静けさがあった。ヴェリドは手を動かしながらアークについて考えを巡らせる。墓掃除が一段落ついたところでヴェリドは口を開いた。
「ナーデンさん」
「どうしたんだい」
ナーデンはヴェリドの固い決意をした目を見て、まっすぐと視線を返す。
「この墓の下を掘り返すことは可能ですか?」
「可能かどうかだけを聞かれれば、可能だよ。しかしながらね、聖職者としての立場から言わせれば決して許される行為じゃない。生死を隔てる石壁は取り払われてはならないんだ」
「それでもやらないといけないんです」
「そこまで君たちを駆り立てる理由はなんだ?」
ヴェリドはその問いかけに一度口を閉ざすが、ヴェリドの目は揺るがない。ナーデンはヴェリドの目を見て、真剣な表情で問いかけた。彼の問いはアークの欠片を集めるためなどという表面的な理由を問うているのではない。ヴェリドは息を大きく吸って言葉を吐き出す。
「過去を知るためです。戦う理由がそこにあるなら、大切なものを守るために知る必要があるんです」
「ふむ。お嬢さんからは何かあるかい?」
ナーデンは小さく頷いてから視線をリルリットにやった。リルリットは目を伏せて少しだけ寂しそうな顔をして言葉をこぼす。
「リルは……」
言葉の続きが紡がれることはなかった。ただヴェリドを見て、ナーデンに向き直った時には年相応の少女の表情になっていた。寂しさを払拭した、されど真面目な表情をしたリルリットは先程とは異なる言葉を選んだ。
「リルはわかんない、けど、やらなきゃいけないことだと思う」
「……賢い子だね」
本当に賢い子だ。ナーデンは誰にも聞こえないように言葉を口に溜めた。その言葉を吐き出してしまえばリルリットの想いが無意味になってしまう。それはナーデンにとっても不本意だった。
ナーデンはリルリットの頭をそっと撫でる。リルリットは可愛らしい笑みを浮かべた。
幼い青年と聡すぎる少女。ナーデンは二人の行く末を見てみたくなった。墓守としては彼らの提案を否と突っ返すのが正しいのだろう。しかし幸か不幸か、彼らには人を惹きつける力があった。
「なるほどよくわかった。その墓の下を掘りたければ掘れば良い」
「ありがとうございます!」
「……ただし一つ条件がある」
ヴェリドはナーデンの言葉に思わず歓喜の声を上げる。しかしすぐに条件があると聞いてヴェリドは花が萎れたようにげんなりする。それでもヴェリドの顔には喜びの感情が見え隠れしている。
「条件ってなんですか?」
ヴェリドはもったいぶるナーデンに問いかけた。しばらくの沈黙の後、ナーデンはおもむろに口を開いた。
「アンディを殺してくれ」
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