一人の死者と幾千の魂  4話:死にかける?

一人の死者と幾千の魂

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死にかける?

「死にかけてもらうと言ったけど大したことじゃないさ。本当に死にそうになったら俺が助けに入る。ただお前が死ぬ気で頑張れば良い話だろ?」

「死にかけてもらうって、ボクはいつ死にかければ良いんですか?」

「今から」

 クロウの言葉にボクは思わずため息をつく。大したことないだって? つい先程死んでいた人に言う言葉なのだろうか、いや違う。それに今から行くのはキツすぎる。胸の傷がまだまだ治っていないことも知っているはずだ。ボクが傷を触って呻いていたのを笑っていたんだから。

「今じゃないと駄目なんですか? 今、ボクの体ボロボロですよ」

「今じゃないといけないってことはない。だけど今やらないでいつやるんだい? すべきことはできるだけ早くにやったほうが良い。死にかけるなんてこと、いつにしても嫌なことなんだしさ」

 クロウが言っていることは正論がゆえに腹立たしい。ぐうの音も出ないのでボクはすごく不満そうな顔でクロウのことを睨む。

「やめてくれよ、そんなに睨むなって。睨んでも今日行くことは変わらないからな」

「……わかりました」

 この森は太陽の光が差さないので、太陽がどのあたりにあるのかがわからない。しかし今日行くことはクロウの中では揺るがないことらしい。このまま無駄な抵抗をするのは得策ではないので、できるだけ有益な情報をクロウから引きずり出したい。ボクの覚悟を決めるという意味でできるだけ多くの時間と情報が必要だ。

「具体的に死にかけるために何をするんですか?」

「この森にヴェリドに丁度良い相手がいるからそれと戦ってもらう。正確に言うなら生き延びるだけど大して変わらないさ」 

 棘を感じる物言いだが、実際にボクが対面したら生き延びるだけになってしまうのだろう。これから対面する相手はボクを容易に殺せる相手でないと意味がないだろうから。

※×※×※

「これからボクが戦う相手ってどんな生き物なんですか?」

 今は件の『丁度良い相手』のもとに向かうために移動しているところだ。何か移動手段があるわけでもないので森の中を歩いている。あたりには植物や果実が生えているものの、動物の姿は一匹も見えない。

 ある程度覚悟が決まったのでクロウに聞いてみた。

「えぇ、それ聞く? 言ってもいいけど怖気づいて嫌とか無しだよ?」

「早く言ってください。思ってるよりボクはやる気なんです」

「――竜だよ」

 クロウはボクの言葉に僅かに間を空けて答えた。

 ボクが持つ少ない知識の中にも竜という存在は確かにあった。それはまだ優しかった両親が幼いボクのために読んでくれた物語に登場した。物語と言っても小さな子供に読んで聞かせる物なので、詳しいことがわかるわけではなかった。それでもたくさんの物語に竜は登場していた。

 ある物語では村や人々を襲う悪い竜として、ある物語では冒険家が潜っていた洞窟の最奥で金銀財宝を守るように待ち構えていた。また、人のもとに姿を現し人々の病を救う竜だっていた。物語によって色々な竜が登場するが、唯一共通していることがあった。

 それは強大な力を持つ存在であるということだ。

 そんな存在がこれからボクが戦うことになる相手だ。物語なので多少の誇張はあるかも知れない。しかしそれでも十分に強力な存在であることは間違いない。

「クロウ、本当に死ぬ前にボクを助けてくれるんですよね」

「はは、心配するな、確実に助けて見せるさ。それと呼び捨てにするくらいならタメ口で良いよ」

 気軽にクロウと呼んでと言われたからクロウと呼んだのに。確かにさん付けするか迷ったけど。急にタメ口になるのもおかしいと思って変えなかったけど!

 少し、少しだけ怖いと思ったボクの心の陰りを吹き飛ばすようにクロウが笑って答えてくれたことがボクは嬉しかった。

※×※×※

 森を歩き始めてから一時間ぐらいだろうか。あたりの空気が重くなってきた。泥のような空気がボクの体に纏わりついてくる。木々が所々なぎ倒されていて竜がいたと思われる痕跡があった。

「さぁ、そろそろご対面だよ」

「ごめん、少し離れたところから観察しても良い?」

 ボクはクロウにそうやって提案する。相手が竜だと知っているが、どんな見た目なのか遠目から見るだけでも安心感が違うはずだ。

 まだ姿を見ることはできてないがクロウのことだ、何も言わなかったらいきなり戦いを始めるようにするはずだ。

「ああ、もちろん良いさ。ただ見てることがバレて襲われたら戦闘開始だからな」

 クロウに許可を取ったところで竜が見えるところまで近づく。竜を刺激しないよう、音を立てずに近くの茂みに身を潜める。竜の近くにいるだけで肌がチリチリと痛むが、気にせずにその場に留まる。

 その竜は翼のない四足獣で全身に鎧のような鱗を纏っている。なぎ倒された木々の中には爪で切り裂かれたような物もあった。四本の足にはそれぞれ大きな爪を持っている。きっと爪研ぎでもしたのだろう。 竜は重たそうな巨体を動かし、周囲を見渡すような動きを見せる。ボクが潜んでいることに気づいたのだろうか。竜は大きな瞳をボクの方に向け、ただでさえ大きな瞳を見開く。

 瞬間、心臓の奥が強く疼く。根拠はないが、ボクの中で激しく主張しているソレは魂だと確信する。それもきっとアークのものだろう。そしてこれはあの竜だって感じているはずだ。

 ――分かたれた俺を一つに! 奴から奪い返せ!

 その声は絶えず鳴り響く。きっと彼らが一つになるまで止まらない声なのだろう。

 ――ァァァァアアアア!

 竜が内なる声をかき消すかのように吼える。その声がボクに戦いの始まりを告げた。

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