一人の死者と幾千の魂 45話:生死の問い

一人の死者と幾千の魂

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生死の問い

「誰が味方でも関係ない。もう後には引けないんだよ!」

「それではどうするというのですか?」

「お前らまとめて殺すしかねぇだろ!」

 ヴァンは半ば自暴自棄になりながら槍を握り直す。自暴自棄になっていると言っても、彼の中では勝算がないわけではなかった。復讐の対象であるヴェリドは既に虫の息であり、後はとどめを刺すだけだ。

 最大の壁であるシグノアも厳しい戦いにはなるだろうが、しっかりと戦えると踏んでいる。シグノアの魔力が戦闘向きではないのに比べて、自分の魔力は相手を傷つけることができれば、それだけで死に誘うことができる。

 その魔力の性質はヴァンがヴェリドを確実に殺したいという想いから来ていた。その性質から、条件を満たせば強者を狩ることも不可能ではない。

「確かに私の魔力は戦闘向きではありませんが、対人向きなのですよ」

 しかし、その強者というのはヴァンの手が届く程度の強者である。彼の魔力を最大限に活かすならば、ヴェリドに仕掛けたように奇襲すべきだった。正面からの戦いになった時点でヴァンに勝ち目はなかった。

  ヴァンが槍を操ろうと力を入れるも、全く動く気配を見せない。槍にはシグノアの剣が添えられていた。ヴァンが攻撃を仕掛けようと思考した時、シグノアは既に動き出していた。

 思考を覗き、来たる攻撃に備える事ができる。それは実質の未来予知だ。起こりうる未来がわかるのであれば、魔人として蓄えた経験の差でどうとでもできる。

 クロウや聖女のような箱庭の外を知る者が異質なだけであり、シグノアは一般的な魔人の中では歳を重ねている。魔人は教会によって「救済」されるため、多くの魔人は長生きすることはない。

「くっそ!」

 ヴァンはやりきれない思いから空を仰ぐ。本当は拳を叩きつけるなど感情の行き場を求めていたが、シグノアによって行動が制限されている。敵対の意思を見せれば、今度はどうなるかわからない。彼ならば腕の一本くらい、躊躇いなく切り落とすだろう。

 木々の隙間から見える星はキラキラとまたたいている。冬は空気が澄んでいて星がよく見えた。冷たい風が吹いて木々が音を立てて揺れる。一部の木が周りに比べておかしな動きをしていた。

 ヴァンは不思議に思ってそこを注視すると、夜に紛れて鴉がいることに気づいた。目線で鴉に助けを求めるが、鴉はこちらを見るだけで全く動こうとしない。

 そしてヴァンはようやく気づく。鴉は自分の復讐を手伝ってくれていたのではなく、復讐をヴェリドの踏み台にしようとしていたことに。

「ヴェリドくん、彼をどうしたいですか? 生かすも殺すも貴方次第です」

「……ボクは、殺したくありません」

「それはなぜ?」

「……自分の手で殺すのが怖いんです。これから生きていくはずの命を断ち切ってまで、ボクが生きることに価値を見いだせないんです。死にゆく人たちにも人生があって、その全部を背負うことなんて、ボクにはできません」

 ヴェリドは俯きながら言葉を零す。

「ガーリィさんには優しすぎるなんて言われましたけど、そんなことはないんです。彼らの分まで生きられない弱虫なだけです」

「ヴァンを生かすならどのようにして? 前のように共に暮らすことはできませんよ?」

「……」

「ははっ! お前に生かされるなんてごめんだ!」

 静かな森の中にヴァンの嗤い声が響く。その嗤いは情けないヴェリドに対するものか、あるいは何もなし得なかった自分へのものか。

「あぁ! 認めるよ、俺は何もできなかった愚か者だと。お前を殺すと息巻いて、結局はこの様だ」

 彼を抑えるシグノアがヴァンを覗くと、狂気的なまでの殺意と絶望、その中に潜む不可解な興奮があった。それらが彼の中で混じり合っていて、シグノアはヴァンの真意を見抜くことができない。

「だけどな、ここからできることだってあるんだよ。お前は人殺しだ。父さんたちを殺したやつが殺しを躊躇う? 笑わせるなよ。お前が人殺しなのには変わりないんだよ」

 ヴァンはヴェリドを追い詰めるように話しかける。シグノアは怪訝そうな顔でヴァンを見つめた。

「これは呪いだ。俺の呪いがいつか、必ずお前を蝕む。ヴェリド、お前の選択が俺を殺したんだよ」

 ヴァンは口元に笑みを浮かべながら魔力を纏った瘴気を周囲に展開する。シグノアはヴァンがこれからするであろうことに気づき、瘴気を散らすために自らも瘴気を展開する。しかしそれらが拮抗することはなかった。

 片や復讐のために、片やそれを阻止するために。どちらの方が願いの根幹に近いかなど、火を見るよりも明らかだった。

「それじゃ、さよなら、だ」

 ヴァンはシグノアの瘴気を物ともせず、周囲に展開した瘴気を自らに向けて放つ。魔力を孕んだ瘴気はヴァンに突き刺さり、彼を血達磨に変えた。その様は血肉の少女が作り出したものに負けずとも劣らぬほどの凄惨さであった。

 彼は全身から血を吹き出し、事切れて地面に伏せた。しかし顔だけはヴェリドの方へ向いており、目を見開いている。

 遠く離れているはずのヴェリドに、生ぬるい血が掛かった。先程まで生きていた温かさがそこにはあった。しばらくしないうちに周囲に熱を奪われ、段々と冷たくなっていく。

 全てが終わった静寂に、大きな血溜まりと蹲る少年、そしてそれを見守る男の姿があった。

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