一人の死者と幾千の魂 25話:葉巻モドキ

一人の死者と幾千の魂

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葉巻モドキ

 ボクは患者さんの家から誰ともすれ違わずに薬屋に戻ってきた。そして薬屋の端で横になっているもう一人の患者さんの様子を確認する。彼は穏やかな表情をしているものの未だに呼気は荒いままだ。ボクは彼の症状があまり改善してなさそうで心配になる。

 しかし彼にボクがなにかできるわけではないので、彼の分の薬ができるまで待つことしかできない。待つといってもただ何もせずに立っているわけではなく、シグノアさんが採集してきた物の下処理をすることにする。

 シグノアさんが主に採集してくるものは魔草セルプミスだ。このセルプミスには解熱作用があり、乾燥させる必要がないので、他の魔草に比べてすぐに薬の形にできる。

 セルプミスは葉の部分が解熱剤として使えるので、ボクが行うのは葉の部分とそれ以外の部分で分ける作業だ。この魔草の根には発汗作用がありお茶にすると良いのだが、そこまですると効率が悪くなってしまう。もったいないが今回は葉の部分だけを取り分けることにする。

 しばらく作業をしながら店先の様子を見ていると、ヨープスさんが薬屋を訪れているのを見た。患者さんを送り届けるときに、ボクは普段ヨープスさんがスープ屋を開いている道を通りかかった。しかし今日はスープ屋を開業していなかった。

 ボクは収入が見込めないから店を開けていないのだと思っていたが、どうやらヨープスさんの家族がはやり病にかかってしまったようだ。遠目から見てわかるほどに、ヨープスさんの表情は暗かった。

 ボクはヨープスさんの様子が気になったので一度作業を中断して、薬を貰うために列に並んでいるヨープスさんに声をかけることにした。

「こんにちは、ヨープスさん。顔色が悪そうですけど元気ですか?」

「……あぁ、坊主か。俺は大丈夫だ」

 大丈夫と答えた彼の様子は決して大丈夫には見えない。彼の声にいつものような明るさは無く、目の下には深い隈ができていた。髪の毛も荒れていて、老け込んで見える。

「実はな、リルがはやり病にかかっちまってよ。昨晩からすごい高い熱を出して、うなされてんだ。眉を歪めて『……ままぁ、ぱぱぁ』って呼ぶんだ。リルの様子がいつ急変するか分からねぇから一晩中付きっきりでな」

 ヨープスさんが普段通りに話そうと明るい声を出す。無理をして出しているその声はボクに違和感を感じさせるには十分なものだった。その声から漏れ出す悲しみがひしひしと伝わってくる。

 ヨープスさんの話を聞くだけでボクは胸が一杯になってしまった。

「……そうでしたか。薬を優先して渡したいんですけど、そういう訳にもいかないので。すみません」

「坊主が謝ることじゃねぇよ。こんな言い方も良くねぇが、坊主だって金を稼がないと生きていけねぇからな」

 ボクはヨープスさんに掛ける言葉が見当たらず、少し間を開けて言葉を返した。ヨープスさんの言葉を受けて耳が痛くなる。ボクはすみませんと呟き、会釈をして薬屋の店内に戻って作業を再開する。

 魔草の下処理をしながらボクはヨープスさんのことを考える。彼のために何かできないかと色々考えてみるも良い案は浮かばない。

 シグノアさんが採集してきた魔草は大部分がセルプミスだが、一部違う魔草が混じっている。きっとセルプミスがたくさん生えているところを適当に引っこ抜いているのだろう。同じところからまとめて引き抜くのは生態系的に良くないのだが、今は数が必要なので仕方がない。

 セルプミスの葉とそれ以外に分別するほかに、その他の魔草で分別している。ふとその他の魔草に目をやると、メトラがあることに気付いた。

 メトラの葉にはリラックス効果があり、経口摂取すると睡眠導入剤としての効果もある。薬学の一環でこれを飲んだときはとても心地よく眠ることができた。

 ボクは少し悩んだが、これを加工してヨープスさんに渡すことにした。本来はあまり褒められたことではないが、ヨープスさんの暗い表情を見ていると、居ても立っても居られなかった。

 メトラの葉を睡眠導入剤として使うときは乾燥しているものを使うのだが、ここにあるのは水分のある葉だ。在庫として乾燥しているものはあるが、それを使うと在庫管理の観点から面倒なことになる。だから乾燥していないものでなんとかしたい。

 ボクの知識量では大したことはできないので、簡単なものを作ることにする。ボクはメトラの葉と適当な香りの強い魔草を選んでそれぞれを一つの乳鉢の中に入れた。魔草としての効能は気にせずに、ただし体に害になるものは除いて、単純な香料として扱えるものだけを選んだ。

 乳鉢ですり潰すこと約十分。葉に含まれていた水分が出てきた。乳鉢の中身をきめの細かい布に移して水気を絞る。出てきた液体はいらないのでそのまま捨ててしまう。

 十分に水気を絞った後、布と中身を広げて乾燥させる。すり潰して表面積を広げることで、ある程度は乾燥させることができるだろう。もちろんカラカラに乾燥させることはできないが、ボクが作りたいものに使う分には問題ないはずだ。

 魔草を乾燥させる時間は下処理が終わったセルプミスの葉をガーリィさんの元へ運んだりして適当に時間を潰した。

 細かくなった葉を触ると手に付かないくらいに水気が飛んでいる。空気が乾燥しているおかげで、乾燥させる時間は短く済ませる事ができた。

 ボクはそれらを薄い紙の上に載せて、細長い棒状に紙を巻く。ボクが作りたかったのは葉巻のメトラ版だ。葉巻と言っても、端に火をつけて香りを楽しむもので、口に加えて吸うわけではない。だから正確に呼ぶなら葉巻のような何かだろう。

 ヨープスさんに薬を渡すときに、ボクは合わせて葉巻モドキを渡した。渡すと同時に葉巻モドキの使い方を教える。

「ありがとな」

 ヨープスさんはそう言いながら口角をあげて笑った。その笑顔はやはりぎこちないものだった。それは心の底からの笑顔ではないかもしれない。だけど少しでも彼の心が和らいだのならボクは嬉しい。

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