一人の死者と幾千の魂 24話:はやり病

一人の死者と幾千の魂

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はやり病

 季節は流れてあっという間に冬になった。つい最近まで暖かかったのに、今では厚着をしないと寒くて外に出ることができない。

 外の空気は乾燥していて、薬屋に訪れる人々は皆一様に白い息を吐いている。彼らの鼻先や耳が寒さで赤くなっていた。

 対するボクは指先こそ冷たいが体の芯は温まっている。その理由は薬屋の賑わいとそれに比例するボクの忙しさにあった。

 急に寒くなったからか、街では風邪のような病気が流行っていた。このはやり病がなかなかの曲者で、はやり病を引くと高い熱と関節の痛みを引き起こす。はやり病を引いた人の中には、そのまま息を引き取る人もいると聞いた。

 そんなわけなので、表情を歪めて辛そうに喘ぐ罹患者やその家族が解熱剤を求めて薬屋に訪れていた。最初の方は在庫があったが、今では薬の在庫が切れてしまっているので、ガーリィさんがその場で薬を調合している。

 家族が薬を買いに来る場合は問題ないのだが、問題なのは罹患者が直接買いに来る場合だ。彼らははやり病にかかり今にも倒れそうな様子で買いに来る。そんな状態の彼らに薬が出来上がるまで待たせるわけにもいかない。

 ボクの役割は彼らから家がどこにあるかを聞いて、薬が出来上がり次第届けるというものだ。彼らが道端で力尽きないように、付き添いながら家に送り届ける。その後完成した薬を彼らの家に送るのだ。

 ヴァンくんは薬屋に訪れる人達を列に並ばせたり、お会計などの雑務を行っている。これはガーリィさんに薬作り以外の負担を極力減らすためだ。ボクも薬を作ることはできるが作業効率が悪く、また正確性に欠ける。その点ガーリィさんは一度に大量の薬を正確に作ることができるので、それに専念してもらっている。

 しかし、普段の消費が少ない薬を大量に作るとなると材料が足りなくなってしまう。そこでシグノアさんが瘴霧の森に必要な植物などを採集してもらっている。

 ボクが薬を家に届けて、薬屋に戻って来ると、ヴァンくんが正規の列とは別に並ばせたであろう列がある。列と言っても二人だけなのでなんとも言えないが。

 一人は顔色が悪く、無理して立っているようで今にも膝から崩れ落ちそうだ。もう一人も顔色は悪いが、先の人ほどではない。ボクは彼らを一度地面に座らせてから話を聞く。

「お二人とも解熱剤を買いに来たということで良いですね?」

「……はい、そうです」

 一人は声に出して返事をし、もう一人は首を縦に振り肯定の意を示す。返事を返した方は意識がはっきりしていて、緊急性はなさそうに思える。

「話すのが辛いようなら声に出さなくても良いですよ。お金は持ってきていますか? もし今持ってないようであれば後日体調が落ち着いた時に払っていただく形になります」

 彼らは共に首を横に振った。後払いの人を確認するために、ボクは彼らに持ってきた名簿に名前を書いてもらう。その名簿にはたくさんの人の名前が書いてあり、多くは支払済に印がついているが、支払済に印がついていないものもある。

 こういった薬の後払いでは代金が支払われない場合がある。それはお金を払うのを渋るということではなく、身寄りのいないお客さんが病気――今回の場合、はやり病で亡くなってしまうことがあるからだ。

 彼らが名簿に名前を書き入れるのを見た後、症状が軽い患者さんを家に返すために、彼の担いで支える。もう一人はボクが面倒を見ることができないので、申し訳ないが店の端で寝ていてもらうことにする。

 症状が酷い患者さんの意識は朦朧としていて、この状態で家に帰らせるのは危なくてできない。彼にはここで薬を服用してもらい、症状が落ち着いてから家に送り返すことにした。

 ボクが肩を支えている患者さんの足取りは先の人よりかはしっかりしているが、それでも安心できるものではない。彼は時折フラつきながらも着実に帰路の道に歩を進めていく。

 街を行き交う人の数は少なく、通りすがる人は早足で去っていく。彼らもボクたちのように訳あって街に出ないといけなかったのだろう。街に点々とある始業した店に買い物をする人の姿は無く閑散としていて、なんだか物寂しい印象を与えた。

 ボクの隣を這うように歩く患者さんは息を切らしながら白い息を吐いている。その呼吸は薬屋の前でのものよりも荒々しく、体力の限界が近そうだ。もしかしたら彼は既に体力は尽きていて、気力のみで自分の家を目指して歩いているのかもしれない。

 患者さんは自分の家に着くと、すぐさまベッドに身を投げだした。ボクは声をかけてみるが返事が返ってこない。彼の症状は薬屋にいたときよりも悪化しているように思えた。

 ボクはその様子を見て心配になったが、荒々しい息の音が聞こえる。呼吸は落ち着かないが、胸が一定の間隔で上下しているのを見て安心した。念のため脈の有無も確かめてみる。ボクが彼の首筋を触ると、トントントンという脈を確認できた。脈が少し早いが問題ないだろう。

 ボクは彼をベッドに残して家から出ることにした。ボクが家を出る時、家の戸締まりが心配になったが、ボクに解決できることでもないので気が付かなかったことにする。街に訪れた疫病に乗じて泥棒が悪さをしないことを祈るばかりだ。

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