一人の死者と幾千の魂 77話:その魔人、アークを宿す者なり

一人の死者と幾千の魂

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 ヴェリドは教会から黒煙が立ち込めるのを目撃すると、途端に表情を変えてリルリットへ視線を向けた。

「リルちゃんはナーデンさんのところに逃げて! ボクはアンディたちを見てくる!」

 ヴェリドはそう言うと、リルリットの返事を待たずに駆け出した。リルリットは口を開きかけて、その口をつぐむ。その言葉を口にすれば、ヴェリドを縛る枷となってしまう。リルリットは行き場のない感情を心に溜めてヴェリドの後ろ姿を見送った。

 ヴェリドが駆けつけた先では、教会が瓦礫の山となっていた。そこには黒い泥人形が群れており、彼らと何かがぶつかり爆ぜるのが見える。

「ぺぺ!」

「そんな大きな声を出さなくても分かるよ」

「何があった?」

 ヴェリドは爆発の方へと向かいながらペペの名を叫ぶと地面から泥人形が生えてきた。泥人形は輪郭だけが人の形をしており、その細部は曖昧だ。泥人形は顔の当たりにくぼみがあり、口らしき穴をモゴモゴと動かしながらヴェリドを引き止めた。

 ヴェリドは驚きながらもそれについて問うことはせずに、状況説明を求める。泥人形は騎士が来ていることと蘇りについて簡素に説明した。ヴェリドは険しい表情をしながら彼の話を聞いていた。

 泥人形が話を終えたところで、ヴェリドは騎士たちの姿を確認する。赤髪の男の方は知らないが、金髪の青年は知っている。忘れるはずもない、まだ名前を持たなかったヴェリドを殺した張本人であるのだから。

「何か策はあるのか?」

「お父さんを呼び戻せば数の利で勝てるんじゃないかな。僕たちの一人がもう呼びに行ってるからこちらが耐えきれば反撃の機会は来ると思う」

「リルちゃんは――」

「僕が保護するから安心して。これでも人ひとり逃がすくらいの力はあるよ」

 ヴェリドはそれを聞いて胸を下ろす。そしてしっかり会話が成り立つことにヴェリドは驚いていた。それどころか、その泥人形に魂が宿っているような気がしてならないのだ。

「ただ、赤髪にここまで派手に暴れられると保たないかもしれない」

「分かった。赤髪はなんとかしてみせる」

「ペペと僕は隠れながら援護する。頼んだよ」

 泥人形はそう言うと、小さくなってヴェリドの懐に収まった。ヴェリドは紫紺の魔剣を構えて爆撃の中心へと駆け出す。溢れるほどの瘴気を身体に巡らせたヴェリドが地を蹴るたびに大地は抉られ、爆発的な推進力を得る。

 ベイゼルがペペを狙い、距離を詰めるところに、ヴェリドは魔剣の切っ先をベイゼルに向けて撃ち出した。直線的な動きをしていたベイゼルは地面に向けて炎を噴射し、方向転換して魔剣を躱した。そして爆撃を放ち再び距離を詰めようとする。

「今度は誰だァ!?」

 ヴェリドはその隙に距離を詰め右手に持つ魔剣を振るう。しかし音を置き去りにした魔剣はベイゼルの篭手に阻まれた。そしてベイゼルはニヤリと笑った。ベイゼルは反対の手をヴェリドに向け、青く揺れる炎を放射する。懐の泥人形が身を投げ、身体を崩して土壁を創り出し熱を阻んだ。

 しかし土壁は赤熱してすぐさま融解し、そのまま壁を突き破りまっすぐと伸びていく。ヴェリドは瘴気で創り出した力場を蹴ってその場を離脱し、蒼炎から逃れた。

 指向性を持った炎の先には大樹があった。ベイゼルの炎は大樹に引火し、黒煙を立てて燃え始める。すぐに大樹全体に火が回り、幹が音を立てて崩れ始める。ベイゼルの炎は物体が燃え尽きるまで消えない、聖なる炎である。竜の墓場とも言える大樹が灰となり、崩れ落ちるのも時間の問題だった。

「お前、動けんなァ……。魔人か?」

 ベイゼルは好戦的な笑みを浮かべてヴェリドを見つめる。一方のヴェリドは険しい表情をしたままだ。

「手を引け。教会が何を考えているのか分からないが、アンディは蘇りじゃない」

「ンなことはねぇ。ここらに蘇りがいることは分かってんだよ」

 ヴェリドはクロウの言葉を思い出す。クロウは教会の人間がアークを狙っていると話していた。この件にクロウが絡んでいるのは間違いない。ヴェリドは、クロウがアークの位置をどうやって場所を特定しているのか知らないが、アークの所在は割れていると考えることにする。

 ヴェリドは最果ての街に来る道中、教会の騎士に幾度か襲われその度に撃退していた。ベイゼルはそれらの騎士とは比べ物にならないほどの御力を持っていた。

 ヴェリドは、クロウが遣わしたであろう騎士と対面し、その実力を肌で感じた。ベイゼルとの実力は拮抗、あるいはベイゼルの方が上。直情的でわかりやすいが、その欠点を補って余るほどの火力と速さを兼ね備えている。

 対するヴェリドは瘴気による身体強化で基礎能力は同等だが、左腕が使い物にならない。能力の応用性が低く攻撃手段に乏しいというのがヴェリドの現状だった。このまま戦闘を続ければ、いつボロが出てもおかしくない。

 ヴェリドはナーデンの救援が来るまでの時間を稼ぐためにベイゼルとの会話を試みる。それに敵といえども問答無用で襲いかかるのはヴェリドの性格に反していた。

「ああ、その通りだ」

「わかったならガキは大人しく下がってろ」

「蘇りはアンディじゃない。ボクだ」

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