一人の死者と幾千の魂 42話:償いの答え

一人の死者と幾千の魂

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償いの答え

 ヴァンだけの世界に入り込んでしまっていてボクはなにもわからない。

「教えてくれ、ボクが犯した罪のことを」

 だからボクは知りたい。知らないことを知って前に進むために。その一歩がどんなにボクを痛めつけるとしても、前進であると信じたいのだ。

「あぁ、仕方ないから、なにも覚えていないお前に俺が教えてやるよ。あれは寒い日のことだ。その夜は一人で眠っていた。裕福な家ではなかったから、薄い布団を被って震えながら眠っていた。俺はあまりの寒さに目を覚ましたんだ。気づけば俺はどこか知らない道に投げ出されていた」

「続けてくれ」

「言われなくても話してやる。そのときは自分が両親に捨てられたと思った。だけど真実は違った。お前が殺したんだよ! 俺の父さんを、俺の母さんを! 両親を失った俺はお前に捨てられたってわけさ」

「なにかの勘違いじゃないか? ボクはその頃は小さな子供だった」

「とぼけるなよ! お前が殺したんだろ。なにが知りたいだ、結局知らないふりをしてるじゃないか!」

 ヴァンの強くなる語彙に呼応するように、彼の槍も鋭く激しくなっていく。ボクは彼の槍を捌ききれずにところどころにかすり傷をつけられてしまう。彼は熱を持って話し続けるが、ボクは身に覚えのない話を聞かされて困惑していた。

 切りつけられた傷は熱を持って鼓動と共に血を吐き出している。流れる血の量こそ少ないが、止まる気配は見られなかった。

「魔人に年齢なんざ、言い訳にはならねぇんだよ! どうせお前もうん十年と生きてるんだろ? シグノアなんか、軽く二百歳を超えてるんだからな」

「ボクが魔人になったのはつい一年前のことだよ」

「罪人の話なんかまともに聞くわけないだろ。どうせお前は何も知らないんだよ。母さんは腕を斬られて、内臓を抉られてた。父さんはボロボロになっていて、頭を潰されてた。なにも知らないってとぼけるんだろうけどな」

「……どういうことだ?」

 ヴァンの口から彼らのことが出てきた途端に鼓動が速くなった。今までわからなかった彼の話が一気にボクの元へ近づいてくる。手が震えて上手く剣を構えることができない。戦慄わななく唇が無意識に言葉を零す。

 ボクが動揺している間にも、ヴァンは怒りに満ちた表情で槍を振るう。とっさに剣を合わせるが力が入らずに弾き飛ばされてしまった。剣を弾かれたボクは新たに剣を作ろうとしたが、心のざわめきのせいで上手く剣を創れない。

「何度だって言ってやるさ! お前は父さんたちを殺したんだよ! お前からしたら、異形の姿になった父さんたちは人じゃないんだもんな。でもな、あんな姿になっても俺にとっては父さんたちなんだよ!」

 ボクはそこまで聞いて全てを悟った。無意識にボクの口から漏れた言葉はそれを否定してほしかったのだろう。残酷すぎる運命を呪いたくなる。

「……ヴァンのお父さんたちっていうのは魔猿のこと?」

「あれを魔猿と呼ぶかは知らないけどな。腕が四本生えてる獣のことなら正解だよ。おい、なんで辛そうな顔してんだよ、なんでお前が泣いてんだよ!? 辛いのはこっちだろ、お前が父さんたちを殺さなければこんなことにはなってねぇんだよ!」

 きっとボクはひどい顔をしているのだろう。目尻から水分が伝う感覚がする。頭の中で彼らの声がボクのことを責め立てるのだ。そのたびに胸が、心がひどく痛む。それはどんな傷よりもボクを苦しめる。

――お前が私達を殺したんだ。

――どうしてくれるんだよ!

 彼らの声が沁みる。流れる涙を止めようと思えば思うほど、涙が溢れてきてしまう。嗚咽だけはボクの中から溢れないように必死に押し殺す。

「なんだ、今度はだんまりか。なんでお前が被害者ズラしてんだよ? お前が殺したんだろ」

「どうしたらボクは罪を背負える? ボクは君に謝りたい」

「はは、ははは! ふざけるなよ! 今更謝りたい? そんなもんお前の都合だろうが! 謝るからなんだ? 俺の気分が良くなるのかよ、そんなわけないよな? ただお前が気持ちよくなるためだろ。謝罪して楽になりたいんだろ?罪を償いたいなら良いことを教えてやるよ。――」

 ヴァンは壊れたように笑いながら、感情が決壊したように言葉を吐き出し続ける。ボクは呆然としてヴァンの顔を見ることしかできない。ボクは糸が切れた人形のようにだらしなく地面にへたり込んでしまいそうになるが、罪の意識がそれを許さなかった。

「――どうでも良いから死んでくれ」

 彼の言葉が、どうしようもないほどにボクを揺らす。言葉を放った彼の表情はひどいものだった。顔に怒りの表情を浮かべながらも、痛々しいほどに口角が上がっている。そこには喜びの感情が見え隠れしていた。

 初めてヴァンに出会ったときも、ひどく苦しそうな顔を見せた。あの時、ボクが感じたのは深い悲しみと怒りだった。それらの感情がボクに向けられるとは思ってもみなかった。

「……あ」

「それじゃ、さよなら、だ」

 ヴァンはそう言って槍をボクに向かって突き出す。暗い森の中でも血に濡れた穂先は輝いて見えた。ボクの中にその槍を振り払うだけの気力は残されていなかった。

 ここでボクが殺されれば、ヴァンくんの心は軽くなるのだろうか。ガーリィさんはボクが死んだら悲しむ人がいると言ってくれたが、どれだけの人が悲しんでくれるのだろうか。アークだとか、魔人だとか難しいことを考えなくて済むのだろうか。

 ヴァンくんの槍はボクの胸に吸い込まれるように突き刺さ――

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