日向と日陰
「ヴェリド、その人形どうした?」
薬屋に戻ると、ガーリィさんはボクを見るや否や目を丸くして言った。滅多なことがない限り製薬の手を止めないのだが、この時はガーリィさんは手を止めてこちらを見ていた。そのことからガーリィさんがどれだけ驚いているかがわかる。
「リルちゃんの誕生日会で貰いました」
「本当に知り合い居たんだな。それもお前さんの趣味かと思ったぞ」
「ボクをなんだと思ってるんですか? まぁこれはボクが買ったものでもあるんですが」
「急に訳がわからなくなったな……」
ガーリィさんはボクを茶化して少し意地悪なことを言うが、ガーリィさんもリルちゃんのことは知っている。ここ最近の休みの日はヨープスさんの家にいることが多く、そこでの話を度々しているのだ。
困惑するガーリィさんに複雑になった会話の詳しいところを説明すると、納得した様子で止めていた作業の手を再開させた。
「それにしてもこの人形可愛いな」
「良いですよね」
ガーリィさんはボクの手の中にある人形を見て顔をほころばせる。口調こそ荒いが、こうした表情を見るとガーリィさんも乙女の心を持っているんだと改めて思った。乳鉢に手を掛けてはいるものの、視線を人形に向ける姿は乙女そのものだ。
「近くでどうぞ」
ボクはそう言って、熱心に魅入るガーリィさんの手元に人形を置いた。ガーリィさんは作業を止めて人形を手にとって眺めている。
「あたしも人形を作ってみようか?」
「材料はあるんですし、やってみたら良いんじゃないですか?」
布はもちろん、糸や綿も人形作りに必要な物は備蓄庫に置いてあった。と言ってもボクがすぐに思い浮かぶ範囲のものだが。ガーリィさんが自分の趣味をしているところを見たことがなかったので、その言葉はボクには新鮮に聞こえた。
今日も休日であるのにも関わらず、薬作りに勤しんでいた。ボクが言うのもなんだが、ヴァンくんの一件があったあの日から沈んだ表情をしていた。ボクが気持ちを取り直した後でも、ガーリィさんは時折暗い表情を見せる。
そんなガーリィさんが楽しそうに人形を手に持つ姿は久々に見た気がした。ボクがニコニコしながらガーリィさんを見ていると――
「なんだ、その目は? そんなおかしいか?」
「そんなことないですよ」
「なんか気に食わないな。いいから布とか諸々持ってこい」
「はーい」
ガーリィさんは顔に笑顔を残したままボクを睨むという器用なことをした。ボクは言われた通りに道具を備蓄庫に取りに行った。
※×※×※
シグノアは一人、瘴霧の森を歩いていた。森には魔獣や一般動物の姿が戻り、かつての平穏が取り戻されたように見える。それらの動物たちからは特別目立った感情は見えてこない。
瘴霧の森は昼間だというのに薄暗い。街を出た時には嫌というほど日が照っていたのだから、それだけ木々が茂っているということだろう。耳を澄ませば、樹木が擦れ合う音が聞こえる。
シグノアは森の中を歩き、ふと立ち止まった。そこはヴァンが自ら命を絶った場所であった。そこに放置していたヴァンの死体は跡形もなく消えていた。獣が喰らった可能性もなくはないが、シグノアには心当たりがあった。
しかしシグノアにとってヴァンの死体など些事でしかない。用があるのはヴァンの死体を処理したと思われる人物だ。
「貴方に話があります。いるのでしょう? 出てきてください」
シグノアはどこに呼びかけるわけでもなく、虚空に声を零した。その声を受けて、シグノアの前に可視化するほどの瘴気が渦巻く。それは徐々に人の形を象り、人と見紛うほどになった。
「やぁ、こうして会うのは久々かな?」
黒の瘴気から出で来た仮面の人物は変わらない調子で声を掛ける。対するシグノアは鋭い眼光で目の前のクロウを睨みつける。
「えぇ、お久しぶりです」
「俺を呼ぶってことはなにかあるんだろう? お互い忙しいんだし、手早く済ませよ?」
「では、ヴェリドくんにリヴェル、それに灰色の髪の少女。これらに思い当たることは?」
「おー、シグノアもアークに気づいたか。それがどうした?」
「何が目的ですか?」
シグノアが持つ魔力、その特性は他者の心を覗き見るというものだ。シグノアはそれを心覗と形容したが、その能力はそれだけに留まらない。彼の魔力の特性は他者の魂を覗き見るとも言い換えることができた。
熟練した瘴気操作の持ち主なら、他者の魂の様子をぼんやりとだが確認することができる。他者の魂の様子を確認することに特化した存在が教会の神官であり、彼らは教会で長年の修練を経て神官となる。しかしシグノアが持つ魔力は神官のそれとは一線を画すものだ。
――これは蛇足であるが、御力を使う際にも瘴気を用いる。それを意識的に行っているか、そうでないかの違いだけだ。――
神官のそれでは魂が持つ瘴気の含有量程度の情報しかわからないが、シグノアの魔力だと魂の形状や対象の大まかな力量などを測ることができる。
シグノアが上げた三人は魂の形状が異質、もっと言えばアークの欠片の癒着が確認された者たちだ。リヴェルに関しては竜ということもあり、先に上げた二人ともその性質に異なる点があるが、類似する点もあるので話題に取り上げた。
「俺がなんでそれを言わなきゃいけないのさ? 俺とお前たちは――」
「ですが、少なくとも敵同士ではない、ですよね? 貴方が本当に私達を殺そうとしているなら、面倒なことをせずとも身に宿す膨大な瘴気で簡単に殺せるはずです」
「敵ではないってんなら、お前は俺に何ができるんだ? おんぶにだっこになるつもりなら、そんなやつはいらないぜ?」
「えぇ、だからこれは交渉です。――」
クロウに自らの価値を知らしめるために、シグノアは自らの手札を切る。盤面の外側にいるものは盤面に干渉できない。だからこそ自身を盤面の中に置き、渦中のヴェイドを守るための一手。
「私は世界と繋がる事ができます」
その一手は確かにクロウを揺らす。
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