「面白いガキだな。それで、俺たちに手を引けってか?」
「互いに消耗するのは目に見えている。不毛な争いはすべきじゃない」
「グダグダうるせぇな」
ヴェリドは着実に時間を稼ぎ、ナーデンの助けを待つ。時間が経つにつれ、大樹は凄まじい光と熱を出しながら崩れていく。箱庭の防壁で陽光が遮られ薄暗かった辺りは、燃えさかる炎によっていつにもまして明るい。
箱庭の防壁に食い込むように生えていた大樹が既に半分ほど崩れており、箱庭の防壁に綻びが生じ始めていた。燃えさかる熱気が離れた場所にいるはずのヴェリドの肌を焦がす。
ヴェリドがベイゼルと対面する間、ペペとサイアードも膠着状態になっていた。サイアードは終始光の矢による攻撃のみで、それ以上の攻撃はしてこない。ペペはアンディによる防壁で遮蔽物を増やし、難なく躱していた。
その隙に闇泥人形を量産しようとするも、量が増えれば防壁が間に合わずに光の矢で撃ち抜かれてしまう。頭部を撃ち抜かれた人形は物言わぬ泥になって元通りの地面へと戻っていく。
時折ヴェリドを狙い光の矢を放つが、泥人形による防壁がそれを阻む。サイアードはそれ以上の行動を起こさないため、戦況は拮抗していた。
ヴェリドの時間稼ぎが功を奏し、ナーデンがヴェリドの元へやってきた。ベイゼルはナーデンを見ると、いやらしい笑みを浮かべ、ナーデンに語りかける。
「よぉ、元気にしてたか?」
「あぁ、さっきまでは元気だったが今は最悪な気分だ」
「そりゃ良かった。喜べ、今からルミエールの元へ送ってやる」
「あいにく義理の娘がいるのでまだ逝くつもりはない」
「遠慮すんなよなァ!」
ベイゼルはナーデンに炎を浴びせかけるが、宙を舞う灰が炎に覆いかぶさり、炎は沈められた。そしてナーデンは何事もなかったかのように振る舞う。
「ここは大丈夫。ペペの方に行ってくれ」
「わかりました」
ヴェリドはナーデンの言葉を受けてペペの方へ向かう。
「誰がそんなことして良いっつったか?」
「僕が許す」
ベイゼルはヴェリドを追おうとするが、ナーデンが間に入りベイゼルを咎める。灰が渦を巻き、ベイゼルを威嚇するように立ちはだかった。
「あのガキは殺す。決定事項だ」
「彼の人生はこれから大きな炎になる。それを見ずにいるなんてあり得ない話だ」
「それならお前から死ね!」
ベイゼルは距離を詰め、爆炎を纏った拳がナーデンの腹部を捉える。ナーデンはベイゼルの拳が身体に届く前に、渦巻く灰を横から叩きつけてベイゼルを吹き飛ばした。しかし今の灰の量ではベイゼルに致命傷を負わせることは出来ない。
ベイゼルは灰だらけになった全身に炎を纏い、灰すらも焼失させた。
「相変わらず便利な炎だな」
「神が俺に授けてくださった力だ。お前とは違うと神も分かっているんだよなァ」
「お前のような粗悪な人間に聖炎は似合わない」
「お前が決めることじゃねぇんだよ!」
ベイゼルは一撃離脱の形を取ることをやめ、打撃中心の近接戦闘を仕掛ける。一撃の重みは先のものと比べれば劣るものの、炎を纏った四肢による打撃は容易な防御を許さない。
ナーデンはベイゼルのように灰を纏うものの聖炎が灰を焼き、ナーデンの防御は意味をなさない。ナーデンは全てを防ぎ切ることを諦め、致命打だけを防御することに専念する。
最初のうちは致命打だけを避けつつ、時折灰による反撃を行う余裕があった。しかし全身を焼く痛みと灰の消耗によって、ナーデンの防御がベイゼルに追いつかなくなり始めていた。
「鈍ってんぞ! 火葬される準備は出来たか!?」
ベイゼルの横蹴りを、ナーデンは灰による防御層を展開して身を守る。ベイゼルは横蹴りのために出した左足で踏み込み、掌底をナーデンに叩き込む。直後、右腕に纏う炎が大きく揺れ、ベイゼルとナーデンの間で爆ぜた。
防御が取れていない状態での零距離爆撃を受けたナーデンは、想像を絶するほどの痛みと共に吹き飛ばされ、背後の大樹に叩きつけられる。燃える大樹はたやすく砕け、ナーデンは大樹の炭の中に埋もれた。
「良いザマだなァ! お前にしては豪華な墓場だ!」
その時、燃え尽き、崩れ落ちた大樹が命を得たかのように鼓動し始めた。その鼓動は次第に大きくなり空気が揺れる。箱庭の防壁に食い込むように生えた大樹の灰は意思を持って蠢き立つ。
大樹に蓄えられた魂たちが世界に解き放たれ、最果ての墓地には魂が溢れた。大樹の灰が雄大な動きで渦巻くのに合わせて魂たちが踊る。魂の存在は決して目に見えるものではない。それでもその光景は見るものに圧倒されるほどの美と畏怖を与えた。
今この地は文字通り、魂がたどり着く最果ての地となったのだ。
「あぁ、良い墓場だよ。私が管理するには少し豪華すぎるかもしれないな」
莫大な量の灰が渦巻く中心にいるのは色落ちた灰色の髪の男、ナーデンだ。ナーデンが得た魔力は今を生きるための力。燃え尽きた過去を踏み台に、今を生きるための力である。かつての竜災まで遡る、二百年近くの過去がこの男に味方する。
「そろそろ終わりにしよう。君はもう、僕にとって過去の人だ」
歴史という重みを積み重ねた灰が、ベイゼルを飲み込んだ。
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