一人の死者と幾千の魂 60話:これから、よろしくね

一人の死者と幾千の魂

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 警笛を鳴らすかのように頭の中を響くアークの声を聞いたヴェリドは、瞬時に魔剣を手に握り周囲を警戒する。一連の動作に思考が介在する余地はなかった。リルリットはヴェリドのいつにない真剣な表情を見て、事態の深刻さを改めて実感する。

「そんなに警戒せずとも姿くらい見せてあげるわよ」

 警戒するヴェリドを嘲笑うように、その人物は悠然と現れた。身なりの綺麗なその少女は争いごととは程遠い存在のように思える。しかし彼女から感じるアークの存在は争いから遠ざけることはできない。

 ヴェリドは現れた少女とリルリットの間に半身になって立ち、魔剣を構える。少女は武器の類は持っていないように見えるが、その立ち振る舞いから血の匂いが拭えない。ヴェリドの陰で震えるリルリットを見れば、その人物が害をなす存在であることは明白だ。

「ヴェリドに会うのは今日が初めてね。前から話は聞いていたのよ? だからこうやって会うことができて嬉しいわ。リルちゃんはさっきぶりね。こんにちは」

 その少女は親しげに微笑みながらリルリットとヴェリドを見つめる。ヴェリドはその笑みを否定するようにまっすぐ彼女を睨みつける。少女は肩を竦めて口元に別種の笑みを浮かべた。

 ヴェリドは突然の出来事に、脳内に無数の疑問符が湧き上がる。この少女は何者なのか。目的は何なのか。自分の名前やリルリットの名前を知っていたことも聞きたかった。話を聞いていたとは誰からなのだろう。

 しかしそれらを問うたところで現状の解決には繋がらない。少女の目的が何であれリルリットとヴェリドが攻撃対象であることは確実だ。

 少女が零した笑みを見たヴェリドは威圧の意味も込めて問いかける。戦いとは武器を手にとって争うことだけではない。身体に癒えない傷を負っているヴェリドは少しでも戦いに勝てるようにしたかった。

「何がおかしい?」

「ごめんなさいね、ちょっと可笑しくて。私も好きでこんなことしてるわけじゃないのよ? ヴェリドに会いたいっていうのは本音だけど……。あぁ、色々お話したいことがあるわ。事が済んだら後でゆっくりお話しましょ?」

 ヴェリドのことを見つめる彼女の視線はどこか熱を孕んでいた。彼女は段々に重なったスカートの前で手を組んでお辞儀をしながら口を開く。

「リルちゃんには死んでもらうけど許してね」

 その少女は重なったスカートの中に手を入れ、黄ばんだ白の剣を二振りを両の手に握った。それと同時にヴェリドの後ろ――リルリットに目掛けて急接近する。

 瘴気に身を任せた出鱈目な踏み込みで距離を詰める少女に、すかさずヴェリドは魔剣を振るう。少女は片手の白剣で受けて時間を稼ぎ、身体を低くして無理やりリルリットの側へ抜けた。魔剣を受けた白剣は少しの間拮抗したものの、簡単に砕け散ってしまう。

 しかし振り下ろされた魔剣に特別大きな力が込められていたわけではない。反対に、それだけ白剣が脆いのだ。その黄ばんだ白の剣の材質は人骨であり、素人が剣を受けるために使えば簡単に壊れてしまう。ではその白剣――否、骨剣に用いられている骨は誰のものなのだろうか。

 無理な体勢で抜けた少女はヴェリドの追撃に対してあまりに無防備だった。ほぼ地面に転がる彼女にヴェリドの無慈悲な蹴撃が襲う。瘴気で強化されたそれは少女を無様に転がした。距離ができたリルリットと少女の間に、再びヴェリドがリルリットを守るように立つ。

 一方少女はお粗末な攻撃に対して、立ち直りだけは速かった。彼女は地面を転がった後、流れるように立ち上がって小さく伸びをした。

「いやー、やっぱり私には難しいわね。まともな戦い方を知らないんだもの。できるのは捨て身の特攻くらいよ。……あぁ、そう言えばまだ自己紹介をしてなかったわ。会ったら最初にしようと思ってたのに」

 骨剣を片手に持ち、開いた片手で目に掛かった灰色の髪の毛を横に流す。夏は過ぎ去ったものの、未だに暑さは健在だ。その証拠に、少し動いただけの少女の額に前髪が張り付いていた。

「全く嫌になっちゃうわ。こんなに暑い中運動なんてしたら汗でベトベトよ。当たり前だけど、不快で仕方ないのよね。本当は私も普通の女の子みたいに可愛く着飾りたいのに、こんなことさせられてるし……。お洋服は可愛いの着てるけど、すぐ汚れちゃうから困るわ」

 彼女の段々のスカートは砂埃で汚れており、胸元にリボンがあしらわれたブラウスは綺麗に結ばれていたはずのリボンが解けている。ヴェリドは何事もないように服装を整える少女を見て、言い表し難い不快感を感じた。手のひらほどの魔剣を創り出し不快感と一緒に瘴気で打ち出すも、何事もないように躱されてしまう。

「話が逸れちゃったわね。自己紹介は大事なのよ? 仲良くなりたいですって意味があるんだもの。ヴェリドも知ってるわよね? クロウに言われなかった? ……ってそこはどうでもいいのよ。私の名前はサーノティア、気軽にサンティって呼んでもらえると嬉しいわ。貴方のこと、たくさん知りたいの。これから、よろしくね」

 どこかズレている少女はヴェリドを見ながら違うものを見ているようだった。少女の濁った灰色の瞳には何が映るか。

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