一人の死者と幾千の魂 29話:葬式

一人の死者と幾千の魂

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葬式

 ボクはセニルさんの家の前に着いたので、玄関の扉を軽く拳を握って叩く。玄関の前で少し待つと、セニルさんの奥さんだと思われる中年の女性が扉を開けた。

「おはようございます、薬屋のガーリィの使いで来ましたヴェリドです。この度は私達の力不足により――」

「社交辞令はいいです。寒いでしょうから中に上がって」

 そう言って彼女はボクの言葉をバッサリと切り捨てる。だけど不思議と嫌な感じはしなかった。それは彼女の言葉には、ボクが謝る必要はないといった意味が含まれている気がしたからだろう。

 ボクが家の中に足を踏み入れると、黒い服を着た人が三人、それと黒の教会の制服を着た神官が集まっていた。普段の神官は白の制服を着ているが、今日は黒の制服を着ているのでボクは少し驚く。

 彼らは一人を取り囲むようにして立っていた。その中心には金髪の男性が床に伏せている。きっと彼がセニルさんなのだろう。

「母さん、こいつ誰だ?」

 きつい言葉でボクを指さしたのは二十代くらいの男性だ。彼の母さんという言葉からするに、彼はセニルさんの息子だろう。母さんと呼ばれた女性は彼をたしなめるように話す。

「この人はガーリィさんの使いで来たヴェリドさんよ」

「お前が薬をもっと早く渡せば父さんは死ななかったんだろ。なんでそんな奴がノコノコと顔出せんだよ」

「申し訳ありませ――」

「なにが申し訳ありませんだ。父さんは死んだんだよ、帰ってこないんだよ!」

「レイル、人様に当たるのはやめなさい。ガーリィさんたちのせいじゃないでしょ」

「なんで母さんはそんな冷静でいられるんだよ!?」

 ボクは彼女の紹介と共にお辞儀をした。その瞬間、レイルが鋭い目つきでこちらを見ながら毒を吐く。ボクはどうすることもできずに、ただ謝罪の言葉を口にしようとする。彼はその上からボクを怒鳴りつけた。

 父親が死んでしまって彼が激しく怒っているのはこれでもかというほど伝わってくる。その怒りは本当にボクが薬を渡せなかったことに対して怒っているわけではないように感じた。彼は怒りのやり場に困って仕方がなくボクに怒りを向けているようだった。

 ボクは彼らに向ける言葉を見つけることができずにただ黙っていた。

「父さんは俺たちのためにたくさんのことをしてくれた! でも俺はまだ父さんに何も返せてない。無理して俺たちに良いもん食わせてくれた分、父さんにも食わせてやりたかった! それももう全部できないんだよ」

「やめんか、セニルが静かに眠れんだろう」

 レイルが怒っているのはボクではなく、何もできなかった自分自身なのだろう。ボクも大切な人を失ったら彼のように後悔するのだろうか。

 渋い声でそう発したのは色落ちした金髪の老人だ。彼はセニルさんの顔を拝みながら、こちらに目を向けずに話を続ける。

「セニルはこんなに穏やかに逝ったんじゃ。わしらがごちゃごちゃ言うことじゃねぇ。何にせよ天命を迎えたんなら送ってやるってのが筋じゃろ」

 その言葉はその場にいるすべての人を静かにするには十分だった。そこからは着々と葬儀が進んだ。神官が弔いの言葉を紡ぎ、それに合わせて皆が手を合わせて祈りを捧げる。それが終わった後、セニルさんの親族の方々がそれぞれ彼との思い出を語った。

 彼との話が終わり今度はボクの番になった。ボクには彼と語る思い出はない。だからボクはこれからのことを彼に伝える。

「薬屋のヴェリドです。あなたの死は無駄にしません。必ず、この病気の原因を突き止めてみせます」

 ボクは言葉の後に彼の耳元で大木を模した鐘を鳴らす。鐘には魂を導く力があると考えられているらしい。魔人の処刑のときに鐘を鳴らすのも、穢れた魂を正しい道に引き戻すためだとか。

 透き通った鐘の音が部屋に行き渡る。その音を聴くセニルさんの表情は死人とは思えないほど穏やかだった。彼の表情を見て弔いの意味が少しわかった気がした。

 葬儀が一通り終わり、棺を運び出そうとするも一人ではどうしようもない。どうしようか考えている時、応援としてシグノアさんが来てくれた。話を聞くとガーリィさんに助けに来るように言われたらしい。

 シグノアさんと協力して棺を運び出して薬屋まで持っていくのはなかなか骨が折れる作業だ。二人がかりで運ぶと言っても成人男性と棺を合わせたらとてつもない重さになる。そんなものはボクの筋力だけでは支えられない。ボクは瘴気を使って身体強化しながらなんとか薬屋に届けることができた。

「二人共お疲れさん。あたしは彼の身体を色々確認するから薬屋の諸々は任せた」

 ガーリィさんはボクたちを労った後、すぐに彼を解剖部屋に運び入れた。解剖部屋は血だらけで恐ろしいという偏見を持っていたが、部屋の中は思っていたよりも清潔感のある部屋だった。

 ボクが葬儀に参加している間にガーリィさんが薬をたくさん作っていたようで、ボクたちはそれを捌くだけで良いらしい。

 微力ながらボクも薬を作りながら店に訪れる患者さんの対応をして一日を終えた。

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