「ヴェリド、その言い方だけは絶対に駄目だ」
ガーリィさんは今までの眠そうな声ではなく、凄みのある声で静かに言葉を零した。本当は忙しいはずなのに、ガーリィさんは動かしていた手を止めている。
「お前さんは魔力って何を意味するかわかるか? 魔力っていうのはその人の願いや想い、願望が形になったものだ。それはただ日々の営みにある小さな願いじゃない。その人が生きている中で心に誓ったものなんだよ」
ガーリィさんはボクの目をまっすぐ見ながらそう語った。彼女の視線がボクの発言を咎めるかのように、ボクに突き刺さる。
「その人の願いの形が魔力として現れるなら、魔力はその人そのものだ。私とヴェリドはもうすぐ一年くらいの関係になるが、私の魔力の全体像はお前さんに話してない。それは魔力というものがその人を語るのに大切な要素だからだ」
「それならシグノアさんがボクと会ったときに名乗っていたのは何なんですか?」
「あれは本人の人柄だろ? それにどうせ全てを語ってないはずだ。まぁ、良いやつなのには変わりないが」
ボクが苦し紛れに出した問いに対してガーリィさんは落ち着いた声で答えを返す。そのやり取りがボクの心に影を落とした。
「ヴェリドが望んで魔人になったわけじゃないのは知っている。クロウのやつがなにか手を回してお前さんを魔人にしたんだろ?」
ガーリィさんのボクを諭すような優しい表情がボクの沈んだ気持ちに追い打ちをかける。ボクは情けなさでガーリィさんの顔を直視していられなかった。
ボクは返事をしようとするも喉が声を出すことを拒んで、情けない音を鳴らす。ボクはうなだれるように首を縦にふった。
「それでもヴェリドが魔人になって剣を得たのは必ずお前さんの深いところでの想いがあるはずだ。ヴェリドの胸元にある傷は少なからず魔力との関わりがあるだろ? あたしの魔力じゃ消せないほどの関わりが」
「はい」
今度こそは言うことを聞かせて喉をかすかに震わせ、小さな声を出す。そして冷え切った頭でボクの魔力について考えてみる。
ボクと胸にある傷、それと紫紺の魔剣。ボクの想いはどこにあるのだろうか?
竜との戦いの中で死にものぐるいで掴んだのが紫紺の魔剣だった。あのときは胸にある傷跡から魔剣を引き抜いて拙いながらも必死に抗った。あの戦いが終わってから強くなりたいと願ったのは覚えている。しかしそれは魔力が発現した後の願いだ。
ボクが魔剣を掴んだのは魂に呼びかけられたような気がしたから。ボクに呼びかけた魂についてボクは何も知らない。
それだけじゃない。ボクには知らないことがたくさんある。人と魔人のこと、箱庭と外のこと、ボクとボクの中のこと。どれも表面的なことしか知らなくて、本質は何も捉えていない。
ボクの頭の中は様々なことが乱雑に散らかっていて、何も纏まっていない。それでも今はこのままで良いような気がした。今、無理に纏めようとして不確かな答えにたどり着くより、全てが集まってからボクの中で明確な答えを出す方が綺麗だと思ったから。
ボクの想いがなにかはわからない。だけどボクがわからないことがわかった。
「人が魔人になって魔力を持つまでには必ず理由がある。だから絶対に自分の魔力を軽んじてはいけない。次に剣を出すだけとか抜かしたら、どうなるかわかってるな?」
その言葉を期に、ガーリィさんの纏う空気がガラリと変わった。眠たそうで気怠げな空気から重くのしかかるような空気。
ボクはその空気に屈しないようにガーリィさんの目をしっかり見つめる。
ボクを見定めるような鋭い目。魔猿を土葬したときのような悲しみと優しさの目とは違う、譲れない意思がある人の目をしていた。
「はい、絶対に言いません。この胸の傷に誓って」
ボクは自分の胸にある魔剣の傷に手を当てて誓う。魔剣が意味するボクの想いはわからないけれど、ボクの胸にあるこの傷はボクがヴェリドになった始まりだから。
「よし、それで良い」
ガーリィさんはそう言うと手入れのされていない長い髪を揺らしながら、心地良い笑みを浮かべた。
最近は忙しくて身の回りのことに手が回っていない状態だ。普段は綺麗にまとめてある髪もボサボサで、目の下には隈ができている。髪の影に隠れた赤い目はいつもより濁っている気がした。
それでも全ての暗さを吹き飛ばすような強い笑顔は、きっと母親がいたらこんなふうに笑うのだろうと思わせた。ガーリィさんの見た目は母親と言うには若すぎるが、そんなことは関係ない。
「ほら、そろそろ空が明るくなってくる。その汚い格好で行くなよ? 絶対に怒られるからな」
「了解です」
ボクは窓の外を眺めてみると、空の端が明るい赤色に染まっていた。夜はその明るさから逃げるように反対側へと移動していく。
自分の格好を見てみると、まだ寝間着のままで、お葬式に行くには全く相応しくない。
「ボク、何着ていけば良いですかね?」
「そこに掛けてある黒の外套でも羽織ってれば良い」
ガーリィさんの言葉を受けて、ボクは適当な服を着た上に黒の外套を着ることにした。葬式について思考を巡らせているとふと一つの疑問が浮かび上がった。
弔うとはなんだろう?
ボクはその問いに対する答えを持たないまま、セニルさんの家に向かった。
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