彼らと想い
死体から目を逸らしてガーリィさんの方を見る。
彼らの死に顔を、グチャグチャになった彼らを見ていると、彼らが責め立ててくるようで直視することができなかった。動かなくなった彼らの目は今もなお生を願い、明日を生きる者の目をしている。
ガーリィさんの足元には魔猿たちの死体が散らばっていた。それらの死体はボクが殺した者たちとは違い、安らかに眠っているようだ。
「ヴェリド、よくやった」
ガーリィさんに声をかけられるもボクは返事をすることができなかった。
「どうした?」
「……何をよくやったって言うんですか? ボクは彼らを、彼らの生きたいという想いを殺してしまった。ボクは彼らに生物としての尊厳すら残してあげられなかった。グチャグチャになってしまった彼らの前でボクは何を思えば良いんですか?」
「……お前は優しすぎるな」
ボクは力なく胸の内にある感情を吐き出した。すると彼女は太陽を見るときのような目で眩しそうに笑った。その顔はどこか自虐的なものを含んでいるように見えた。
「それはあたしが持つことができなかった感情だ。あたしにはその感情はひどく歪んだもののように見える。他人を想って苦しくなるなんて馬鹿みたいじゃないか。他人は他人で自分は自分。決して同じものじゃない」
「だったらボクは――」
「だからこそ美しい感情だとも思う」
彼女が発する言葉の一つ一つに力と重みがあった。言葉の重さから彼女の過去に何かがあったことが嫌でもわかる。
ボクとは全く異なる考え方で、言葉の重みに潰されてしまいそうになる。ボクはそれに抗うように声を荒げた。しかしボクが発する言葉は彼女の言葉に押し潰されてしまう。
言葉を零す彼女の姿は儚げで、それと同時にボクと同い年くらいのみすぼらしい少女のようにも見えた。
「他者の想いを汲み取ってもがく姿は哀れで、滑稽で、残酷で、美しい。お前が持つその美しさにあたしは嫉妬してしまいそうだ」
彼女は自嘲の笑みを絶やさずに話す。
頭が変形した魔猿の元に近寄って、潰れた頭を優しく撫でて抱きしめた。血で汚れることなんて一切気にしていないのだろう。彼女の長い赤髪が血で濡れて光沢を失っていた。
「お前も死にたくないと、生きたいと思っただろ? こいつらの生きたいという願いを捻じ曲げて、お前は生きてるんだろ? それならこいつらがお前に命を譲って良かったと思うくらいに精一杯生きろ。そして笑え」
その言葉はボクの中に抵抗なく入ってきた。心にかかっていた霧が晴れたような気がする。そんなことは生きている人のエゴにしか過ぎないのはわかっている。それでもボクが前を向くためには必要なことだと思う。
「自分の願いを貫き通せ。本来、魔人っていうのは自分の願い以外の全てを捨ててでも願いを貫き通す者だ。まぁそこまで振り切ってるやつは珍しいけどな」
ガーリィさんは魔人としての在り方について語った。自分の願い以外を全てを捨てるなんてボクには到底できそうもない。
ボクは今度は目を逸らさずにボクが殺した彼らの姿を見る。
腕の肉が削げて骨が見える。ボクが切った彼女の腹からは紅の臓物が覗く。元々収まっていた形を留めているものはなく、潰れて内臓の中身が飛び出している。
ガーリィさんが抱えている彼は腹を切られた彼女に比べて一回り大きく、体格が良い。きっとこの子は小柄な子を守っていたのだろう。ボクが言えることではないがこの子は戦闘の勘が良かった。
この子は体全体に切り傷や打撲の跡が見え隠れする。それはボクがつけたものだけではなく、この子が生きている中で負った傷もたくさんある。それは仲間を守るためにこの子が体を張ったことを示す証だ。
「それにな、お前が死んだら悲しむ人がいるってことを忘れちゃ駄目だ。少なくともあたしとシグノアは悲しむ。クロウはどうだかわからないけどな」
「……ありがとうございます」
「お前泣いてるのか?」
「……泣いてないです」
こんな時に優しい言葉をかけるのはズルい。ガーリィさんはボクに優しすぎるなんて言ったけど、ガーリィさんも優しい人だ。目尻に溜まった雫が零れないようにボクは空を見る。
背の高い木々の隙間から優しい光が差している。前にボクがこの森に来た時は光の差さない暗い森だった。あの時は今みたいに上を見上げることはなかった。もしあの時上を見上げていたら何が見えていたのだろうか。
この三ヶ月の間で陽の光は強くなった。ボクは強くなれているのだろうか。三ヶ月前もボクは胸に溜まっていた感情を吐き出した。今日だって同じように感情を吐き出した。竜と退治した時は胸に苦いものが残っていたが、今日は胸の内が不思議とスッキリしている。
武術に関しては強くなっているという事ができると思う。シグノアさんとの訓練で基礎的な身のこなしを学び、今では瘴気無しのシグノアさんとしっかり打ち合えるまでになった。
精神面はわからないことがたくさんある。かつてのボクの心は死んでいた。今のボクはたくさんのことを感じて生きている。これはきっと確かな成長だと信じている。
ボクはしばらく森の木々と木漏れ日を見ていた。右目の奥に光が差し込み、じんわりと暖まるのを感じていた。
ボクがそうしている間、ガーリィさんも何も言わずに光を見ていた。彼女の目は僕に向いて語ったときと同じ、眩しそうな目をしていた。
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