一人の死者と幾千の魂 53話:蘇り

一人の死者と幾千の魂

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蘇り

「本題に戻ります。突然ですが、死者が生き返ったと言われたらどう思いますか?」

 ずれた話題をなんとか修正するために聖女は最初よりも声を張って皆の気を引く。

「ンなの嘘に決まってるだろうが」

「本当だったらすごいと思うけど……」

 ベイゼルとジーンが律儀に感想を述べた。思い描いた反応に聖女は口元に笑みを浮かべる。ディアフォンは瘴霧の森の竜のことから死者が生き返る可能性も考えていたが、特に口に出すことはなかった。

「そうですね。実物を見てもらった方が早いと思います。ということでどうぞ、お入りください」

「……おいおい、死んだはずじゃねぇのかよ」

 聖女に促されて扉から入ってきたのは死んだはずのミアだった。一つだけ席が多かったのは彼女のためだったのだ。

 ミアが死んだのはとある魔獣討伐に関する任務の時だ。彼女も聖女直属の騎士であり、一般的な魔獣に引けを取ることはない。彼女が得意とするのは大地を局地的に隆起させて攻撃する方法だ。また魔獣を大地に沈めることも得意とした。

 ミアが魔獣に破れた理由、それは鳥型の魔獣であったからだ。その魔獣は箱庭の外側から飛来したものであり、身体に大量の瘴気を蓄えていた。相性不利と特異な魔獣という二つの点からミアは戦死した。

 後日、その魔獣を黒い鴉が飲み込んだのはまた別の話。

「勝手に人を殺さないでもらいたいですね。実際死んでいるんですが。それと、聖女様にそのような口の聞き方をするとは死に値します。死んでください。なんなら今ここで殺して差し上げますよ?」

「懐かしいねぇ。ミアちゃんも変わらないようで、いや更に口が悪くなったかな? どちらにせよ、オジサン安心したよ」

 ミアは普段はもう少し穏やかな口調だが、聖女が絡むと途端に人が変わってしまう。生前から聖女を神聖視していたが、死から戻ってきてその信仰はより確実なものとなった。良く言えば敬虔な信徒、悪く言えば狂信者である。

「そうすると、トニー家はどうなるんですかね? 死んだはずの時期当主が生き返ったとなると、荒れそうなものですが」

「それに関しては問題ありません。私はトニーの名を捨て、ただのミアとして生涯聖女様に仕えることにしましたので」

「良いな〜、僕も死んでただのジーンにならないかな?」

 ジーンは自分の家に興味はないが、当主の圧力で中央に呼び戻されたのだ。元々落ち着いた性格で荒事に向かないのにも関わらず、直属の騎士に配属されたのは不幸としか言いようがない。

「それは無理ですよ。なんでかわからないですけど、お父様に好かれてるじゃないですか。あぁ嫌われてるのほうが正しいんですかね?」

「サイ君、やめて……。それは僕に刺さるよ」

 ジーンは自身の胸に手を当ててパタリと倒れるふりをする。それほどまでに家の関わりが面倒なものであるということだ。

「実際に見てもらった通り、死者が生き返るという本来不可逆な事象が起こっています。箱庭ではミアの他にも死者の生き返りが確認されました。その筆頭がディアフォンにお願いしていた瘴霧の森の竜ですね」

 ミアは自分の名前が聖女の口から呼ばれたことに興奮し目を輝かせるが、すぐにディアフォンの名前が出て露骨に肩を落とした。その様子を見て興奮しているディアフォンは生粋の変態である。

「そこで皆さんに頼みたいのはミアさんのような生き返りを見つけ出してもらい、教会に連れてきてもらいたいのです。その際、対象の生死は問いません。無論生きているに越したことはありませんが、殺しても構いませんよ」

「俺からも一つ。君たちの組それぞれに俺の鴉をつけさせてもらうよ。伝令用と考えてくれ」

「聖女様の言うことはわかった。だが、こいつと一緒ってのは我慢ならないな」

 ベイゼルはクロウを睨みながらぶっきらぼうに指差す。

「この手のバカは直接身体に教え込む方が速いんだ。聖女サマ、ちょっとこいつを借りても良いか?」

「貴様、なんだその聖女様に対する態度は! 聖女様、私にコイツを処する命令を!」

「この場で構いませんよ、手短に終わらせてください」

 ベイゼルが我先にとクロウの前を陣取って構える。聖女がどのような意図で言ったのかわからないが、ミアはそれを自らへの命として捉えた。

「いちいち面倒だから二人同時でい――」

「お言葉に甘えてェ!」

 ベイゼルはクロウの言葉が終わる前に食い気味で先制攻撃を仕掛ける。赫々たる豪炎をクロウに向けて放射した。周りへの被害を一切考えない炎は周囲に引火することなくかき消される。ミアはベイゼルの炎を囮にして床を隆起させようと手をつくが、地面はピクリとも動かない。

「君たちさ、遠慮ってものがないね。一応室内だよ? そんなかましたら危ないでしょ」

 クロウが危なげなく発する言葉に、二人は激しい怒りを覚えた。その言動もそうだが、自身の渾身の一撃を何事もなくかき消されたのだ。彼らのプライドを傷つけたのは言うまでもない。

 一方、一瞬の攻防を眺めていた外野はクロウと二人の力量の差に愕然とする。ベイゼルやミアが決して劣っているわけではない。彼らは騎士の中では上澄みであり、一般の騎士と戦わせれば圧勝するだろう。

 その二人を手玉に取る仮面が異常なのだ。瘴気の操作精度が飛び抜けている。ベイゼルの炎を瘴気で覆いかき消すのはまだわかる。しかしミアの御力の発動を阻害するなど並の技術ではない。

「舐めないでもらえますか!」

 手に持つ石槍が無数に枝分かれし、その全てがクロウに向かって襲いかかる。ベイゼルも爆炎を噴射して余裕そうな面に拳を叩き込もうとする。しかしそれら全てを煩わしいとばかりに、クロウが膨大な量の瘴気でねじ伏せる。生み出された黒の奔流がクロウに襲いかかる全てを地に落とした。

「そういう訳でよろしくね~」

 戦闘――否、お遊びが続けられなくなった彼らを前に、クロウはいつもと変わらず軽い調子のままだった。

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