ヴェリドたちは老婦人に言われたとおりに大樹を目指して道を進んだ。すると、大樹の下にこじんまりとした教会を見つけた。二人はそのまま教会に近づき、壁にツタが張り付いている古ぼけた建物を眺める。その教会は中央都市に大きく構えている教会とは異なり、またこの街の中心にあった教会の様相とも違った。
教会は小高くなった丘の上に建っていた。すぐ隣には箱庭の外壁がそびえており、そこから突き破るように大樹が生えている。そして外壁に沿ってたくさんの墓が中央を向くように建てられている。不自然に盛り上がっている丘は竜が箱庭を崩し侵入した事件の傷跡であり、その教会は文字通り命の上に建てられた。
教会と一口に言っても、その機能や権限はそれぞれ異なる。聖女が住まうカプティルの教会など、街の中でも発展した地区に位置する教会は役所や治安維持、神官の教育など公的な機能が中心となる。また教会の権威を示すためにその外観は神聖で美しい雰囲気を放つように作られる。
一方でヴェリドたちが見つけたような街の外れにある教会の多くは墓地に隣接されている。死した者たちの魂が正しく世界の中を循環するように、墓地の隣に教会が建てられているのだ。そこでは神父や一線を退いた騎士が暮らし、墓地の管理をしている。
しばらく二人はぼんやりと教会を眺めていたが、ヴェリドは突然紫紺の魔剣を空から抜き、警戒を強めた。リルリットは突然の出来事にぽかんとした表情でヴェリドを見つめる。ヴェリドはヴァンの魔力で使い物にならない左手でリルリットをかばいながら周囲を探る。
リルリットは何が起きているのかわからず困惑しているが、それはヴェリドも同じだった。ヴェリドはシグノアから教わってから、常に力場をまとっていた。周りに人がたくさんいる時は上手く機能しないが、こういった開けた場所では有効な技術であり、突然の奇襲攻撃にも対応することができる。
そして今、ヴェリドはその力場に得体のしれない何かが通っていったのを感じた。ただ、通り抜けて来たモノが普通の人であったり物であったなら、ヴェリドはここまで過剰な反応はしなかったはずだ。気配を探ることはあれど魔剣を抜くことはしない。
ヴェリドをここまで警戒させたのは、通り抜けてきたそれが明らかに異常だったからである。それは言葉にならない感覚だが、あえて言葉にするならば、力場に触れたのではなく全くの虚無が通り過ぎたというのが一番近い感覚だろう。
「誰だ!」
「それはこっちのセリフよ。わたしたちの家の前で何ボーっとしてるのかしら。お墓参りという雰囲気でもなさそうだし」
そこにはリルリットと頭一つ分ほどしか変わらない少女と青年がいた。彼らは手に野菜や果物、その他の生活雑貨を手に持っていた。彼らと言ってもそのほとんどは青年が持っていて、少女が持っているのはほんの少しだ。少女は小さな買い物袋を胸に抱えてこちらを睨んでいる。
ヴェリドは二人の姿を見て困惑する。少女の存在は力場で知覚していたが青年の姿は捉えられていなかった。目視した状態で再び力場で二人の姿を捉えるが、やはり青年の方が奇妙な感覚を示す。
「けんか、良くない!」
「あはは、その子の言うとおりだよ。ペペも大人気ないんだから。この子たちは悪い子じゃなさそうだし、優しくしてあげてよ」
「でもふっかけてきたのは向こうよ」
「そういうところが大人気ないんだよ」
「……ねぇ、名前は?」
「リルはリルリットだよ! ヴェリドもプンスカしないでおはなしするの!」
「……ヴェリド、ただのヴェリドだ」
リルリットは彼らに気を許しているようだったが、ヴェリドは警戒心を全く緩めなかった。奇妙な青年は特に人間として異常のある行動を取るわけでなく、一番の人格者としてその場に立っている。
「あはは、こんなところで話すのも申し訳ないから中に入りなよ。どうやらワケアリのようだし。お茶くらいなら出すよ」
「お茶を出すのはわたしじゃない」
「大して変わらないよ」
「ふふ、違いないわ」
「ついておいで」
「はーい!」
リルリットは元気に返事をする。ヴェリドは人ではないソレの住処に入ることを躊躇う。自分たちを害する様子は見られないが、異常者というのはいるものだ。ましてやソレが考えていることなど人側であるヴェリドに推し量ることなどできない。
「ヴェリドも行くよ!」
そんなヴェリドを見かねて、リルリットはヴェリドの手を引いて前を行く二人を追いかける。リルリット一人だけにするということは絶対にあり得ない。引き留めようにもこうなったリルリットは止まらないだろう。ヴェリドは腹をくくって渋々二人の後をついていくことにした。
小さく見えた教会だが、中に入れば教会らしく荘厳な雰囲気が漂っている。街で見たような透明なガラスではなく、暖色系の様々なガラスが窓にはめ込まれていた。そのおかげか、差し込む光に比べて明るく見える。
教会の奥にある扉の先には生活感溢れるリビングがあった。そこには色褪せた黒髪の男が机に紙を広げて作業をしていた。
「ただいま、お義父さん」
「あぁ、おかえり。彼らは僕のお客さん?」
「そうかもしれないし違うかも知れない。というか話聞いてないから分からない。多分お義父さん」
「わかった。お二人さん、ボロボロで申し訳ないけどそこに掛けて待っててください。お茶を入れてきますね」
ヴェリドたちはところどころ縫い直したことがわかる、綿が抜けて小さくなったソファに腰を掛ける。貧相な見た目とは裏腹に、ボロボロのソファは思っていたよりも柔らかくしっかり家具としての機能を果たしていた。
「……結局父さんがお茶入れるんだね」
青年はヴェリドたちに人懐っこい笑顔で微笑んだ。リルリットも彼にとびきりの笑顔で頷いて返す。ペペと呼ばれた少女は二人のやり取りをなんとも言えない表情で眺めていた。
「おまたせしました。カーター墓地の管理をしています、ナーデン=カーターと申します。本日はどのようなご用事で?」
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