傷の手当
ボクは傷の手当をするということで、クロウが持っている建物の地下にいる。その建物はさっきボクがいた森の近くにある街にあり、魔人たちの隠れ家になっている。クロウが言うにはボクの死体を回収した街とは違うらしい。
「ボクはどうしたら良いですか?」
「君の傷を直してくれる人が戻ってくるまで待ちだね。まぁ人と言っても魔人なんだけど。他にも君に紹介したい奴らがいるから紹介したりだね」
ここに来てから水浴びと着替えしかしてないから気になって聞いてみるが、しばらく待機しないといけないらしい。
「ヴェリドは外を見てないから知らないと思うけどここは薬屋をやっててさ、その店番やってるのが君の傷を直してくれるはずだよ」
「そうなんですね」
「タメ口で良いって言ったのに敬語に戻ってるよ?」
「なんか敬語じゃないのはしっくり来なくて。でも貴方のことはクロウって呼びますよ」
「はは、それで良いなら良いけどさ」
どうでも良いことを話して時間を潰していると、赤髪の女の人が階段を降りてきた。
「やぁガーリィ、君に見てもらいたいのはこの子だよ」
「……その子をどこで拾ってきた?」
「内緒だよ」
「はぁ、……アンタ名前はなんだい?」
「ヴェリドです」
「あたしはガーリィだ。短い間だろうけどよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
気怠そうな声で彼女――ガーリィさんは言った。彼女のアンニュイな雰囲気と見た目の美しさも相まって、ボクは彼女が持つ世界に取り込まれそうになる。
「早速治療を始めるから取り敢えず着てる服脱いで、そこに仰向けで寝そべって」
言われるがままに服を脱いで彼女が指差すベッドの上に寝そべる。しかし彼女は何もせずにボクが服を脱ぐのを待っていた。治療するに当たって準備することはないのかと思っていると彼女が口を開く。
「あー、結構ザックリやられてる。それでも内臓は傷ついてなさそうだ。安心しな、こんぐらいならすぐに治る」
そう言って彼女がボクのお腹のあたりに手をかざすと、煙が出てきて、傷がみるみると癒えていく。きっとこの煙が彼女の魔力なのだろう。
「ん? 胸の傷は治らなそうだな。お前さんの瘴気が傷を覆って煙が浸透しないわ。お前さんの魔力の証として許してくれ。他に悪いところはないか?」
「ないと思い――」
「傷だらけで穴通ってきたから見てあげてよ」
胸の傷というと顔も知らない弟に刺された傷だろう。ボクの剣はかつて刺された光剣に似ているし、何か関係があるのだろうか。
彼女の質問に答えようとすると、クロウが上から被せてきた。
「はぁ……、なんでそんな事するんだ。お前さん、そのままじっとしてな」
クロウの物言いにガーリィさんはうんざりしているようだ。ため息が重い。一度消えた煙が再び現れて、今度はボクの体を包み込んだ。
「細かい切り傷と膿んでるところを直しといたよ。あたしの仕事はこれで終わりだな。くれぐれも体を大事にしろよ? 前みたいに肉片を繋げるのは懲り懲りだ」
体を大切にするのはもちろんだが、最後の言葉はクロウに言っているようだった。
「はは、安心してよ、今回は大切に扱うつもりさ。少なくとも肉片になることはないよ。それに大部分は君たちに任せる予定だし」
「……だといいがな。あたしは上に戻るよ」
ガーリィさんはもと来た階段を登って表でやっているらしい薬屋に戻った。肉片どうこうという物騒な会話にボクは戦々恐々とするが、どうやらボクは肉片にならない予定らしい。
「肉片になるとかならないとかって何のことですか?」
「うーん、深堀りしないほうが良いよ? そのうち知ることになるかもしれないけど」
「……怖いのでやめておきます」
「はは、賢明な判断だよ」
背中がすごくゾクゾクして本当に危ない気がした。竜と対面したときもここまでのゾクゾクはなかったと思う。竜との対面は脳汁がたくさん出てたってことも関係してるかもしれないけど。
「紹介したい人は店番やってるからお店が終わるまで離れられないんだよね。上のお店が終わるまで時間があるから、今から正式にこの街に入ってきてよ」
実はボクはまだ正式にはこの街にいないことになっている。身元不明の傷だらけを街に入れるには面倒なことが多いらしく、街の門を通らずに森から直接隠れ家に来ることになったのだ。しかし身元不明のままというのもこれからの活動に支障が出るので、旅の人としてこの街にもう一度入ろうということだ。
ボクは返事をしてクロウが用意した旅装束と少しのお金を袋に詰める。お金を持っているのは街に入るのに必要になるからだ。門でお金を渡して滞在票を貰うことで活動もしやすくなる、らしい。
「それでは行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
クロウとゆるい挨拶を交わしてから、ここに来るときに使った壁の外につながる穴に潜っていく。
その穴は今は使わなくなった水道を利用して作られたもので、中は色々な汚物を濃縮したこの世の終わりみたいな臭いがする。その上空気がジメジメしていて肌に絡みつくようで本当に気持ち悪い。息を吸うたび吐瀉物を吐き出しそうになるがグッとこらえる。時間にして数十分歩けば外に出られるのだが、その時間は永遠のように感じられた。
やっと町の外につながる縦穴にたどり着いた。はしごを使って新鮮な空気と光を求めて水道から伸びる縦穴を必死に登っていく。
地上に顔を出して新鮮な空気を肺いっぱいに取り込み、ゆっくりと吐き出す。同じことをしばらく続けていると体の中から浄化されている気分になる。
こうしてボクは地獄を抜けた。
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