一人の死者と幾千の魂 37話:アークと竜、対面

一人の死者と幾千の魂

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アークと竜、対面

 俺はシリオンと共に買い物に行き、日が暮れそうな頃に村に戻ってきた。俺たちの村、フェアスは小さく、隣の大きな街まで買い出しに行かないと買えないものがたくさんある。特に嗜好品の類は自分たちの村では手に入らない。

 小さな村ということもあって、することがなかった。することと言えば、自分たちの仕事が終わったら家族や仲間と団欒するくらいだ。だから、時々買ってくる酒や葉巻が小さな村での楽しみだった。

 俺たちが村に戻ると餌に群がる鶏や豚のように、酒に飢えた男たちが囲んでくる。既に日が壁の向こうに姿を隠そうとしている。彼らはとうの昔に仕事を終えていたのだろう。俺が男たちに酒を渡すと、彼らは酒を掲げて箱庭の壁際で待っていた仲間たちに駆け寄る。

 きっと彼らは酒を飲みながら馬鹿騒ぎし、夜までどうでもいいことを語り合うのだろう。しかしそんな予想とは裏腹に彼らはそれをすることはなかった。いや、できなかった。

 それは絶対に揺るがないはずの壁を破壊しながら現れた。その姿はまるでおとぎ話の竜だ。全身が赤い鱗に覆われている巨大な竜は小さな民家二つほどの大きさだった。

 壁際にいた男たちはあっという間に瓦礫の下に埋もれてしまい姿が見えない。竜は悠々と瓦礫を踏みつけながら村の中に入ってきた。これ以上竜が村の中に入ってきたら、村は完全に崩壊してしまう。

「シリオン! 皆の避難誘導を頼む! 俺はアイツを止めてくる!」

「アーク! 止めるってどうするの、あなたも危ないでしょ!」

「どうにかする!」

 俺は竜に魔力を使おうとするが、竜の魂の構造に強い違和感を覚えた。普通の人の魂が凹凸のない球体だとするならば、竜のものは人の魂が無数にくっついていた。人の魂は見えるが、魂の中心となるものが全く見えてこない。

 試しに竜の核に張り付いている魂に触れてみる。想像よりもしっかり張り付いていて生半可な力では到底剥がすことはできないだろう。

 竜のそれは人間の魂とは大きくかけ離れていて、魂と呼ぶには違和感がある。俺は竜のそれを「竜の核」と呼ぶことにした。

 俺が竜の核を見ている間にも、竜は近くにいた人たちを無差別に殺している。できるだけ被害が大きくなる前に竜を仕留めなければならない。不思議なことに殺された人々の魂が竜の核に吸収されているようだった。

 俺は竜の気を引くために竜に詰め寄って、地面に落ちていた握りこぶしほどの大きさの石を投げつける。もちろんこれで竜に傷をつけられるとは思っていない。ただ周囲の人が逃げる隙ができればそれで良い。

 ふとシリオンの方を見ると、手早く人々の避難指示を出していた。既に周囲の人達の姿は見えず、取り残されているのはもともと壁の近くにいた人たちだけだ。

 俺が投げた石が竜に当たると、竜は肩を叩かれたかのように振り返った。全力で投げたはずなのにこの反応なのは悔しいが、竜の気が引けたので問題はない。

 竜の意識がこちらに向いたので、竜に睨まれて身動きが取れなかった人たちも我先にと避難を始めた。中には腰がすくんで立ち上がれない人もいたが、仲間に支えられながら一緒に避難している。

「おい、アーク! 俺たちも加勢するぞ!」

 村の仲間たちが声掛けをしてくれるが、こいつは彼らに相手できる相手ではない。彼らが持つ御力は優秀だが、竜が相手では分が悪い。畑を荒らす魔獣なら軽々倒せるが、彼らにできるのはそれくらいだ。俺は自身の特異性を知っているから、こうしてここに立っているに過ぎない。

「やめろ! 被害がでかくなるだけだ! それよりも隣町に戦えるやつを呼んできてくれ、俺達よりうんと強いやつだ! お前の足に期待してるぞ!」

「アークに言われちゃ仕方ねぇ。行ってくる、すぐ戻ってくるからな!」

 そう言った彼は全身に風を纏わせて彼自身が風になったかのように駆けていった。あまりの速さに、すぐに彼の背中が見えなくなる。

 俺はこの村では不吉とされている黒髪黒目で生まれてきたが、村の存亡の危機に任されるほどの信頼を得ることができた。それはシリオンが俺を生かしてくれたことから始まり、彼女の仲介で少しずつ村の人と打ち解けることができた。だからこそ、ここで負けるわけにはいかない。

 竜はこちらへ振り向くと小手調べとばかりに爪を振るう。竜にとっては小手調べかもしれないが、こちらからすれば一撃貰えば致命傷だ。幸い余裕を持って回避することができるくらいの攻撃だったので、こちらからも攻撃を仕掛けることにする。

 先程試しに魂を弄ろう(いじろう)としたが、今回は本気でひねる。目標は無数に張り付いた魂の一部を引き剥がすことだ。竜の核が魂なら、あれが生き物なら、魂を歪めれば殺せる。

 小さい頃はそれが本当に死なのか、もっと惨い(むごい)ことなのではないかと考えていたが、今では考えないようにしている。それに俺が魂を歪めるのは緊急事態の時だけだ。物理の領域では絶対に勝てない竜には魂の世界で勝つしかないのだから。

 俺は正面の竜に向かって手を伸ばす。そして手のひらを握り込んで思いっきり引っ張る。現実の動きと重なるように俺の魔力が無数に張り付いた魂に指を掛け、引き剥がす。剥がす事ができたのはほんの一部だったが、効果はあったようだ。

 

 竜は咆哮を上げることはなかった。ただ俺を興味を注ぐ対象から、排除すべき敵として見るようになった。

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