彼らにとって、フェアスの街の検問を越えることが第一の課題だ。フェアスの街の前にたどり着いても、中に入らなければ求めていたアークの過去を探るのは難しい。ヴェリドとリルリットはしばらく二人で頭を悩ませた結果、少しだけ前の街に戻ってそこから乗合馬車を使うことにした。
フェアスの街の検問を独力で越えるのは困難でも、少し前の小さな村からであれば容易である。もちろん乗合馬車が検問されないわけではないが、乗合馬車を使うことでいくらでも誤魔化しが効くようになるのだ。
いつものように彼らに多くの金を渡して乗合馬車を利用する。出稼ぎに行く労働者や綺麗に着飾った少女と付き人、その他多くの人が既に乗り込んでいた。
しばらくすると馬車が動き始めた。馬車の中には沈黙が流れていたが、その沈黙を破るように隣に座る年老いた男が声を掛けてきた。
「お前さんたち、ここらで見ない顔だがフェアスに何しに行くんだ?」
老人がしわがれた声で話しかけると、口がモゴモゴと動くのと同時に顔にシワが刻まれた。ヴェリドたちの様子を怪しく思ったのか、それとも単に話し相手が欲しかっただけなのか、老人は話を続ける。
「俺は息子が向こうで仕事をしているんだが、子どもが生まれたってんで孫の顔を拝みに行くのさ」
「それは良かったですね。ボクたちは親戚の人の家に厄介になろうと思ってます。両親を亡くしまして」
「おぉ、それは悪いことを聞いたな。譲ちゃんもちいせぇのに大変だな」
「わたしはだいじょうぶ。ゔぇりどがたすけてくれる」
「ちいせぇのに立派な嬢ちゃんだな! どこから来たのか知らんが、坊主もその歳で旅は疲れるだろう」
「お気遣いありがとうございます。中央からなのでそれはもうクタクタですよ」
「中央から!? そいつは大変だったな。親戚の家がフェアスにあるんだろ? そこでゆっくり休むんだな」
もちろんヴェリドやリルリットの身内がフェアスにいるというわけではない。もしかするとニアレイジの一族が分家したことで血縁上での身内はいるかもしれない。しかしヴェリドは家を捨てた身であり、家から存在しないものとして扱われていた。
ヴェリドが身内と呼ぶことができるのはせいぜいシグノアとガーリィくらいだろう。その二人ですらクロウと手を組んでいる可能性があるのだから、自分たちの力でなんとかするしかないのだ。
フェアスでの検問でも、ヴェリドたちは同じようなことを語った。これでうまく行かなかったらなどと考えていたが、それは全くの杞憂に終わった。フェアスの門をくぐり抜け、二人は安堵の息をついた。
門をくぐってなお正面に巨大な壁がそり立っている景色に違和感を感じながら、二人は辺りを見渡す。中央都市カプティルや、ヴェリドが元いた街テクセントに比べれば発展の具合は劣るが、それでも道中で見た小さな村や街に比べれば遥かに発展している。
日の光をより多く取り込むための大きな窓があらゆる建物に付いている。窓ガラスの透明感は街に清潔感を与えていた。また透明度の高いガラスをこれほど多く使っているということは、それだけ優秀な技術者と豊かな資金があるということだ。
透明度の高いガラスは主に地の御力を授かった者たちが長い時間を掛けて作り出される。強力な御力でなくとも生産することができるが、透明度の高いものを作ろうとすると繊細な技術が必要になる。それゆえ特別な事情がない限りそれらが使われることはない。
フェアスには箱庭の外壁があるため日当たりが悪い。そのため多くの光を取り込むために高品質なガラスが大量に用いられているのだ。また日当たりの悪さを解消するために、外壁の正反対にある高台に巨大な反射鏡が設置されている。この反射鏡が街を照らす陽光の役割を果たしているおかげで、街はヴェリドたちが考えるよりもずっと明るかった。
アークと、彼と深い関わりを持つ少女シリオンが産まれたこの地をヴェリドたちは散策する。ヴェリドはシリオンの名をクロウの口から聞いたが、どこからどこまでが真実であるか確かではない。
クロウ曰く、シリオンは不吉に思われたアークを庇った恩人と聞かされていた。そのことは間違っていないが、それ以外に大切なことを隠している気がしたのだ。どこまでがクロウが思い描いた「物語」なのか、ヴェリドは知らない。
街の人に彼らの名前を聞いても聞き覚えのない名前のようで、ヴェリドは肩をすくめるばかりだった。ヴェリドたちは聞き込みをする中でおしゃべりな老婦人から、故人についてであればこの街の最大の墓地であるカーター墓地に行くと良いという情報を貰った。
老婦人は街中から見える、壁際の巨大な樹を指してそこに向かうように言った。どうやらその樹は、かつて箱庭を訪れた竜が破った箱庭の外壁を埋めるようにそびえているらしい。その竜が訪れたせい、あるいはおかげで、この街は復興とともに発展を遂げたそうだ。
彼女の話は以前ヴェリドが見たアークの記憶と一致している。ヴェリドは少しづつであるが過去に近づけている実感を感じながら、大樹を目指して歩みを進めた。
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