一人の死者と幾千の魂 38話:アークと竜、そして邂逅

一人の死者と幾千の魂

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アークと竜、そして邂逅

 竜は咆哮を上げることはなく、ただ俺を排除すべき敵として見るようになった。竜の核に張り付いていた塊が、核に吸い寄せられるようにして小さくなっていく。気づけば人々の魂は姿を消して、本来魂があるべき場所に竜の不思議な穴だけが残った。

 魂を持たない生物はすぐに死ぬというのに、未だ竜は生きている。それどころか、先ほどに比べて力が漲っているように感じた。

 竜がこちらを見る視線にとてつもなく嫌な予感がして、何も考えずに全力で横飛びする。数瞬後、俺の真横から轟音が聞こえ、とてつもない衝撃が俺を襲う。その衝撃だけで俺は吹き飛ばされ、近くの民家に突き刺さった。

 民家の主は既に避難していたようで、幸いなことに中には誰もいなかった。瓦礫と化した茶の間にはこれから食べるはずだった夕食が並べられている。食卓に並んだ六つの椀と青菜の煮浸しがとても哀しく見えた。

 誰もいない食卓を眺めていた俺に再び謎の衝撃が襲う。油断していた俺はそれに直撃してしまった。その衝撃は俺をねじる方向に力が加わっていて、身体が砕け、千切れてしまいそうになる。

 俺は身体に自分が操れる瘴気の全てを身体に注ぎ込む。それでも身体が歪む感覚は収まらない。自分の魂に無茶を言わせて、無理やり魂から瘴気をひねり出す。崩壊しようとする魂を俺の魔力で支え、崩れるギリギリのところで留まらせる。

 永遠にも似た破壊が終わり、上空に投げ出された俺の目に写ったのは柱のようにねじり上げられた民家の姿だった。近くには不自然に隆起した地面もあった。

「アーク、右!」

 誰かが叫んだ声をもとに右を見る。地面に吸い付けられるように落ちる俺は竜がこちらを見ているのが見えた。再びあの衝撃が来るのはわかるが、空中にいては回避のしようがない。俺は苦し紛れに身体をよじるも躱しきれずに右腕をねじり取られる。

 腕がもげた痛みに叫び声を上げながら、俺は地面に叩きつけられる。手をついて立ち上がろうとするも、右手がない状態で立ち上がるのは至難の業だった。顔を上げると竜が目の前にいて、鋭い爪を振り上げて今にも俺を殺そうとしていた。

「アーク、負けないで!」

 村の皆が叫ぶ色々な言葉の中でシリオンの声だけが鮮明に聞こえた。それは応援の声というよりも、叫びに近かった。もう一度立ち上がろうとするも、身体にうまく力が入らない。

 思えば魂を剥がして死ななかった時点で俺の負けは確定していたのだ。俺の唯一の勝ち筋が魂の破壊だった。肉体の破壊はこの村にいる誰にもできない。魂を剥がして死なないなど、それは生物の域を超えている。

 生後一日で死ぬはずだった俺がここまで生きていられたのだから、よく頑張ったものだ。俺を生かしてくれたシリオンには頭が上がらない。心の中でありがとうとごめんを呟きながら、竜に振るわれる爪を受け入れ――

「諦めてんじゃねぇぞ!」

 死を受け入れようとした矢先にそんな声が聞こえた。直後に横から誰かに掴まれて、そのまま放り投げられる。それは死ぬほどではないが、俺の身体にとって大きな負荷であった。

「すまないね、君の身体のことを考えるほどの余裕がなかったものだから。立てるかい?」

 俺はその声に頷き、自分の足で地に立った。そして声の主の方へ顔を向けると、仮面を被っていた。彼とも彼女ともつかないその人は全身に黒の装束を纏っていた。

 ふと我に返って当たりを見渡すと竜の傍から移動し、俺は竜と村の仲間たちとの間くらいに立っていた。竜は新たな存在が現れたことを気にせずに、堂々と構えている。

「どなた様で?」

「はは、そうだな。そこの彼から助けを求められた旅人と言っておこうか」

 仮面の人物は街へ助けを求めに行った村の仲間を指してそう言った。彼は肩を揺らして息を整えながら、片手を上げて合図をくれた。

「落ち着いて話を聞くためにも、竜を片付けよう」

 いつの間にか、仮面の人は俺を置いて竜の元へ移動していた。竜は突然現れたその人のことを無視して、俺の方へ向かって直進しようとしている。

 その人は身体から黒いモヤ、いやあまりの濃さで可視化した瘴気を放出して竜に浴びせた。その直後、黒の瘴気は凄まじい爆発に変化し、竜を爆炎で包み込んだ。

 あれ程の瘴気をためらいなく使えるとはどんな人物なのだろう。それに瘴気を爆発させる技術を俺は知らない。御力ではない力を持つその人が俺の目にはとても奇妙に写った。

 爆煙が晴れたその場に竜は変わらず堂々と立っている。変わったのはその目が見る先だ。竜の狙いが俺から仮面の人に変わったのだろう。竜が放つ謎の衝撃について伝えなければと考えが至った時には既に遅かった。

 竜は仮面の人を見ながら例の攻撃を仕掛けていた。その人は竜の謎の力に飲み込まれてしまい、人の形を保つことができずに黒の球になっていた。仮面の人物が善戦している様子に熱くなっていた村の人たちはその姿を見て言葉を失ってしまう。

 誰もが絶望した時、竜の頭を黒い瘴気が覆った。そして竜の頭が一回転すると、竜は首から血を吹き出しながら頭を落とした。

 空中に黒が集まったかと思うと、仮面の人は何事もなかったかのように姿を表した。その人は地に引かれて落ちることなく、ゆっくりと地面に着地する。

「俺の名前はクロウ、しがない旅人さ。懸命に戦い抜いた彼に盛大な拍手を!」

 クロウと名乗ったその人は俺の手を握って空に向かって突き上げた。そしてその場が盛大な拍手に包まれる。盛大な拍手の中でクロウは俺にだけ聞こえる声で話しかけてきた。

「君、魔人だよね?」

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