病の原因
葬式から翌日の昼頃、ちょうど一日分の時間が経過した時、ガーリィさんが薬屋の表に出てきた。今までは解剖部屋にこもりっきりで、食事をとっているかすらわからない状態だった。明るいところで見るガーリィさんの様子は昨日までも顔色は悪かったが、今は更に顔色が悪い。
「夜に詳しい話をする。それまであたしは寝てる。薬屋が終わればあたしを起こしてくれ」
ガーリィさんはそれだけ言って薬屋の中に戻っていった。何やらものを漁るような音が聞こえたと思えば、ある時を境に静かになった。きっと適当なものをものすごい勢いで食べてすぐに寝てしまったのだろう。
いつものように薬屋の営業を終えて居間に集まる。少し前にヴァンくんがガーリィさんを起こしてきたので居間にはボク含め四人が集まっている。
「今流行りの病気についてだが、単刀直入に言おう。この病気には魔力が関わっている。もっと言えば瘴霧の森に住まう竜リヴェルが関係している」
ガーリィさんは余計な言葉を挟まず、いきなり本題に入った。リヴェルが絡むとなると同じアークの魂を持っている存在として一層気を引き締めなければならない。
「この病気にかかっている患者の身体からリヴェルの魔力の跡が見つかった。リヴェルの魔力のもとであるリヴェルの毒血が何らかの要因で拡散しているはずだ」
「この病気を改善する薬は作成可能でしょうか? それによって対策の仕方が変わると思いますが」
「可能かどうかで言えば可能だ。しかしあたしの魔力による製薬が大半を占めることになる。ここで魔力を使うのは最低限にしておきたい。出どころを探られると面倒なことになる」
「なるほど」
シグノアさんはガーリィさんの回答を聞いてわずかに眉をひそめた。そして唸るように返事を返す。続けざまにヴァンくんが話し始める。
「なんでそんなに感染してるんだよ? 血を媒介するなら日常的に感染するもんではないだろ」
「すまないが、正確なことはあたしにもわからない」
「よくわからんけど、そのリヴェルってのを殺せば病気は落ち着くだろ」
「おそらくは」
「それならボクが行きたいです」
ガーリィさんの言葉の後に間髪を入れずにボクは声を上げる。アークを宿したリヴェルを殺すのは、同じくアークを宿したボクでないと駄目だ。
アークの記憶が不鮮明で過去になにがあったかがまるでわからない。クロウにも話を聞いたが、彼はなにか大切な事実を隠している気がして話のすべてを信じることはできない。だからボクは過去を確かにするためにアークの欠片を集めなければならない。
それにあの竜はボクの目標でもある。ボクがヴェリドになっての最初の戦いであり、壁だ。それを取られるのはモヤモヤして気持ちが悪い。
「それならあたしも行こう」
「体調は大丈夫でしょうか? 顔色も悪いですし、良ければ私が行きましょうか?」
「いいや、問題ない。それにリヴェル以外にも気になることがある」
「承知いたしました。お二人とも、くれぐれも無理をしないないように」
「ヴェリド、いつならリヴェルと戦える?」
「ボクは今すぐにでも」
そう聞かれたボクの思考は完全に竜と対峙することで染まっていた。前は一撃入れただけで、それ以外には何もできなかった。クロウから借りた翼で無様に転がる姿はなんとも無様だっただろう。紫紺の魔剣を突き立てたのはリヴェルの突進に合わせただけだ。
ボクはあれから剣の訓練やシグノアさんから投擲の技術を教えてもらっている。今のボクはどれだけ戦えるのだろうか?
「それなら今すぐ出るぞ。準備しな」
「了解です」
ボクは薄手の防具を身にまとい、ガーリィさんと共に薬屋を出た。
※×※×※
ヴェリドとガーリィが瘴霧の森へ向かっている時、ヴァンは自室で自分の背丈より少し長い槍を丹念に手入れしていた。殺意をシグノアに悟られないように自分の中で押し殺しながら、刃先を油を含んだ布で磨き上げる。
ヴェリドが竜殺しに参加すると聞いた時、ヴァンの心の中は喜びの感情でいっぱいだった。人を殺すなら対象が消耗している方が殺す側として都合がいい。そういう意味ではヴァンにとってリヴェルの存在は願ったり叶ったりだった。
ついに両親を殺したヤツを殺せると考えるとそれだけでヴァンの心はスッと軽くなった。人の両親を殺しておいて、よろしくなどと笑顔で声をかけてきた時、ヴァンは怒りでどうにかなってしまいそうだった。ただそんなやつも今日でお別れだと思うと笑みが止まらない。
クロウがヴァンの復讐の手助けをしてくれたのは、ヴァンにとって復讐の大きな近道であった。ヴァンはクロウが何を企んでいるかは何も知らない。しかし知る必要もないと考えていた。自分がヴェリドを殺せば、その後にクロウが何をしようと関係ないと考えているからだ。
ヴァンはふと部屋の端に目をやると、そこには招き入れていないはずの黒いモヤがあった。それはすぐに鴉の形を成して部屋に居座っている。その鴉を成す瘴気の量は以前ヴェリドに貸した鴉よりも少ない、さしずめ伝令鴉と言ったところだ。
しばらくして、部屋に入ってきてから沈黙を保っていた鴉がふと口を開く。
さぁ復讐の時間だ、と。
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