箱庭の物語
僕達が教会が見えるところまで見た時、正午を告げる教会の鐘が鳴った。
教会の鐘を鳴らすのには二つ理由があるらしい。一つは今のように時間を知らせる鐘だ。日の出と日の入り、それと正午に鐘を鳴らす。もう一つは神々に自分たちの存在を示すために鳴らすものであり、祈りの際に鳴らすようだ。
教会の前にはたくさんの人が集まっている。彼らは皆教会の方へ向かい、何かが始まるのを待っていた。僕達が通りを抜けてここに来たように、未だに多くの人が教会の広場に集まり続けている。
以前教会の近くを通ったときにボクは体調を崩してしまった。しかし、しばらく時間が空いてボクの心に余裕ができたのか、今は人混みの中でも体調が悪くなるようなことはない。
また、くじ屋で貰った頭蓋骨の首飾りがボクの心を落ち着かせているような気がする。もしボクがくじ引きで男の子に渡されていたお守りをボクが貰っていたら、きっと違う心境になっていただろう。教会印のお守りを身につけていると思うと恐ろしくなる。
教会は主に白を基調としていて、神聖な雰囲気を漂わせている。教会には時計台と鐘が付いていて、鐘の下には人が立てる空間があった。その空間はちょっとした球遊びができるほどに広い。ここでは演説以外にも魔人の処刑などにも使うらしい。
教会の正面にはくじの裏に描かれていた剣と心臓の紋章が掲げられている。やはりこの紋章は教会の紋章と見て良いだろう。
鐘の下に先程くじ屋の店員が言っていた「箱庭の物語」の語り部と思わしき人が立っている。人々はみな真剣に彼の方を向き、熱心に話を聞いているようだ。
物語の語り部は身振り手振りを交えながら、劇的に仰々しく語る。
「かつて世界は未知なる厄災に覆われていた。厄災が齎すは世界の終焉。厄災はあらゆるモノを蝕み侵食した。美しかった幾千の星が輝く空は黒雲に覆われ、その姿を消した。大地に咲き誇る花たちは黒き空を見て嘆き、自らの花弁を地に落とした。そして人類は逃げ場のない厄災に恐怖した」
大層な言葉を使う彼の姿は悲しげで、しかしながら力強い印象を与えた。
「その恐怖心は逃げ場を求めた。恐怖を晴らそうと叫ぶも滅びゆく世界に対する焦燥感だけが残った。そして人類はついに禁忌を犯す。それすなわち同族殺し。あるものは生きるための食料を得るために。あるものは些細な諍いのために。そしてあるものは殺人が与える一瞬の酩酊感のために」
彼は腰に差していた剣を抜いて演劇じみた芝居をしながら話を続ける。御力を使って周囲の光量を減らして、当時の人々の暗い雰囲気を醸し出している。
「そんな時、一人の少女が立ち上がった。その少女が持つは空に架かる虹のような髪。透き通る宝石のような美しい瞳。それに世界を見守る神々の寵愛。その少女こそが最も神に近しき娘、すなわち『寵愛の聖女』、その人である。我らが主に愛されし聖女様は今もなお、主の寵愛をこの世で受け続けている」
箱庭の物語を聞く人々の空気が高まっているのがわかる。寵愛の聖女という言葉が出た時、その空気は最高潮に達した。隣にいる中年の男性など興奮で今にも叫びだしそうだ。
御力によって抑えられていた光は解き放たれて、教会に虹を架けている。
「その少女、のちの聖女様は絶望の縁にある人々の心に明かりを灯した。希望を失った人々は心に希望を取り戻した。否、聖女様に希望を分け与えられたのだ。その姿はまさしく聖女と呼ぶにふさわしいものだった。聖女様をはじめとして希望を得た人々は神に祈りを捧げた。神々は祈りを受けて箱庭を創る」
ボクは彼が熱く語る姿を見て、ボクが処刑される時に広場が熱狂に包まれたことを思い出す。皆が聖女の話を聞き、異口同音に弔いの言葉を発する姿には恐怖を覚えた。
聖女には他人を巻き込む才能があるのだろう。彼女がアークの恩人であるシリオンを殺そうとしたのは、シリオンが持つ才能が聖女の持つ才と衝突すると考えたからとすると腑に落ちる。
「大地の神は厄災から遠く離れた地に箱庭の外壁を創り出した。大海の神は我らに大河と水の恵みを与えた。大空の神は淀んだ空気を吹き流し、空を覆う黒雲を穿った。陽命の神は箱庭の中に生命の炎を生み出した。こうして神々は千年間揺らぐことのない箱庭を創り上げたのだ」
語り部は神々が箱庭を作り上げる過程を話した。規模が大きくよくわからないが、千年も続く箱庭のすごさは伝わってきた。
「皆様! 今日まで続く箱庭に、そして箱庭を創り上げた神々に敬意と感謝を込めて祈りを捧げましょう」
語り部がそう言うと、人々の高まっていた熱狂はそのままに、皆の意識が一つのものに向いた。
何もわからないボクは困ってシグノアさんの方を見ると、シグノアさんは雰囲気に飲まれずに、ただ前を見ていた。彼の表情からは箱庭を唾棄するような感情も、周囲の人々のような熱狂も感じられない。
「神々に敬意と感謝を込めて」
『フェイレル』
語り部の言葉の後に人々は祈りの言葉を発する。それはボクが処刑された時にも聞いた言葉だった。ボクは無意識に処刑のことを思い出したのか、魂が熱くなっている気がした。その魂はアークのものではなく、紛れもないボクのものだ。
祈りの言葉の後、教会の鐘が鳴らされた。静まり返っていた教会の周囲には鐘の音が響いている。荘厳な鐘の音が薄れ消えるまで、人々は胸の前で手を握り黙祷を捧げていた。
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