ヴァン
スープを持ったまま街を散策するわけにもいかないので、ボクは一度薬屋に戻ることにした。
いつものように地下室に続く階段を降りるとそこには珍しくクロウがいた。クロウはボクより少し幼い男の子を連れていた。クロウと男の子の対面にシグノアさんが座っていた。
「クロウ、珍しくいるんですね。どうしたんですか?」
「はは、珍しくか。一応ここは俺の家なんだけどな。今日はこいつを連れてきたんだ」
「それはガーリィさんやシグノアさんは知ってるんですか?」
「ガーリィのところには顔出したよ。詳しいことはこれから」
三ヶ月ぶりにクロウに会ったがマイペースなのは変わらないようだ。クロウが連れている男の子は鋭い目つきでこちらを見ていた。初対面のボクを警戒しているのだろうか?
「良かったら皆さんスープ飲みますか? スープ屋の手伝いをしていて余ったので貰ってきたんです」
「こんな暑いのにスープ飲むの?」
「クロウはいらないんですか?」
「いや、貰うけどさ」
緊張をほぐすために持って帰ってきたスープを振る舞うことにする。クロウが不平を言うが、スープは貰うらしい。他の人達はうなずいていたのでその場にいる三人にスープを配る。
シグノアさんや男の子は美味しいと言って飲んでくれた。自分で作ったわけではないが自分の好きなものを好感的に受け止めてくれるのは嬉しい。
「クロウは仮面外さないんですか? それじゃあ飲めないでしょう」
ボクがそう言うとクロウは左手にスープの器を持って、もう右手の腕をスープの中に突っ込んだ。ボクはあまりに突然のことに驚く。
クロウの右手が蛇が生き物を丸呑みしたかのように膨らんで、その膨らみは胴体の方に移動していった。
「飲めただろ?」
「なんですか、それ。意味わからないですよ。そこまでして仮面外したくないんですか?」
「ヴェリドくん、気にしたら負けですよ」
きっと表情は見えないが仮面の奥でしたり顔をしているだろう。声の調子がしたり顔しているときのそれだ。
ガーリィさんにも「気にしたら負け」と言われた事があるが、クロウは謎が多い人物だ。クロウの謎が解ける日は来るのだろうか。
しばらく四人で談笑しながら、ガーリィさんが来るのを待った。ガーリィさんは作業が一段落付いたようで作業部屋から出てきた。それを見たクロウが話しだした。
「よし、集まったね。ここにいる男の子のことを話すよ。ということでヴァン、自己紹介して」
「オレの名前はヴァンだ。こないだクロウに孤児院から貰われた。よろしく」
この様子を見ているとボクがここに来たときを思い出す。ボクのときもこんな感じで自己紹介をさせられた。
「皆も自己紹介して」
「ガーリィだ。よろしく」
「シグノアと申します。私の魔力は心覗です。心を読むことができる能力ですが悪用はしませんので悪しからず」
「ヴェリドです。よろしくね」
シグノアさんがボクのときと同じように自分の魔力について話した。そしてヴァンくんが不思議に思って質問するところも同じだ。
ヴァンくんはシグノアさんの魔力を聞いて少し表情を固くしていた。シグノアさんはいつものように優しい笑顔を浮かべていた。
「よし、自己紹介が終わったので本題に移りまーす。この子は孤児院にいたんだけど、魔人になりそうだと思ったから貰ってきたよ。きっかけを与えたら魔人になったから俺の読みは間違ってなかったね。この子の魔人としての想いだけど――」
「お父さんたちを……探す」
ヴァンくんの声は小さいがボクより幼いとは思えないほど凄みのある声だった。そこには悲しみと怒りと決意などの色々な感情があった。そして彼の言葉の切れ目にどれほどの感情が詰まっているのだろうか。
「――ということだ。もし仮に、仮に両親が殺されていたら復讐も考えているらしい。それならある程度の戦闘訓練が必要だからここでしばらく面倒を見ることにしたよ。シグノア、よろしく」
「貴方が面倒を見てあげれば良いのでは?」
「俺は忙しいんだって」
何が忙しいのかはわからないが、クロウは面倒を見るつもりは無いらしい。クロウは薄く笑いながらひょうひょうと答えた。
「クロウは何がそんなに忙しいんですか?」
「秘密。君にはまだ伝えることはできない。いずれ知ることになるけど、今はその時じゃない」
ボクがかしこまった言い方でクロウに問うと、彼も真剣な様子で語った。以前にも感じた背筋が凍るような、場を支配する空気を彼は纏っていた。
それでも彼の闇はこんなものではないと本能が、魂が伝えていた。
「クロウ、ヴァンがビビってるぞ」
「これくらい耐えてもらわないと困るけどね」
ガーリィさんの言葉でクロウが纏っていた空気が一瞬で消えた。そして先程のような声の調子に戻った。その空気の差に言葉を発することができない。
「伝えたいことは伝えたから今日はこれで解散!」
クロウはそう言うと居間から出て、ヴァンくんにこの建物の間取りを説明しだした。ガーリィさんはその言葉を受けてすぐに作業部屋に戻っていった。
「ヴェリドくん」
シグノアさんと二人きりになった時、ボクは声をかけられた。ボクはシグノアさんがどこか気を張っているように感じられた。
「どうしたんですか」
「ヴァンくんのことですが、彼は貴方に対して強い感情を持っています。それは殺意と呼んでもいいでしょう」
「なんでですか!?」
ボクはシグノアさんから衝撃的なことを告げられ、思わず大きな声を出してしまう。シグノアさんはボクにあまり大きな声を出さないように注意する。ボクがうなずくとシグノアさんは話を続けた。
「何故かはわかりませんが、クロウが一枚噛んでいることは間違いないでしょう。クロウも彼の感情に気づいているはずです。あの鴉は人を扇動することに長けていますから」
「クロウが何を考えているかとかはわからないんですか?」
「わかりません。彼は普段おどけていますが一皮剥けば執念の怪物です。私が見ることができたのは彼の強烈な執念のみでした」
シグノアさんの真剣な表情を見れば、今の話が悪質な冗談などではないことがわかる。しかしボクは彼らのことを何も知らない。シグノアさんの話だけだと判断材料が少なすぎる。
「彼が何を考えているかはわかりませんが、気をつけてください」
含みのあるその言葉を聞いたとき冷や汗がボクの背中を伝った。
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